かげろう忍法帖 風太郎忍法帖(12)

かげろう忍法帖 風太郎忍法帖(12) かげろう忍法帖 風太忍法帖(12)』

山田風太郎

判型:文庫判

レーベル:講談社文庫

版元:講談社

発行:1999年8月15日

isbn:4062646544

本体価格:629円

商品ページ:[bk1amazon]

 講談社文庫版忍法帖選集初の短篇集成。解説によると続刊の『野ざらし忍法帖』と構成的に一貫しており、特に連作を意図して作成されたものではないが、一連の長篇忍法帖とはやや趣を違えた作品集として上下一巻の体裁を為しているそうだ。各編初出では思い思いの題名が付けられていたようだが、底本が纏められる際に『忍者〜』というフォーマットで統一され、曲がりなりにも一貫性が付与されている。以下、各編の解説。

『忍者明智十兵衛』

 朝倉義景の元に飄然と現れ仕官した明智十兵衛。甲賀卍谷で修行したと語るこの男は、切断された四肢を復元するという忍術を体得していた。君主の前でその技を披露して見せた十兵衛は、褒賞として土岐弥平次の君主・沙羅の輿入れを要求した。弥平次に思慕を寄せる沙羅は申し出を頑なに拒むが、その想いを見て取った十兵衛は弥平次におぞましい提案をする。

 風太忍法帖において「恋情」が重要なパーツとなることが屡々ある。だが、殆どの場合それは一般に期待されるような安易な着地に至らない。忍術と史実とを巧妙に絡め、最後に提示される本編独自の「本能寺」の真相は読者を戦慄させるだろう。

『忍者仁木弾正』

 伊達陸奥守忠宗の世嗣・巳之助丸は、野心家である伊達兵部宗勝によって放蕩を仕込まれていた。それに不安を覚えた侍女のお初は、兵部の陰謀を暴いて欲しいと原田甲斐に請う。巳之助丸らにつかず離れず監視の目を光らせ、お初と連絡を取りながら奔走する甲斐だったが、その影には、彼等の動向を虎視眈々と見据える仁木弾正らの姿があった。

明智十兵衛』同様、本編においても「恋情」が重要な鍵となっている。山本周五郎『樅ノ木は残った』で綴られる伊達騒動の前哨の如き物語であり、本当の驚愕を得るためには伊達騒動に関する知識が些か必要だが、武家における「忠心」を描いた作品としても秀逸。忍者があくまでも(作品上の)道化役であるからこそ、この興趣が活きるのである。長篇のような忍者主体ではこうはいかない。

『忍者石川五右衛門

 きらびやかな念仏踊りの演ぜられる大広間と襖一枚を隔てた座敷で、一座の笛吹の青年・城之介と淫蕩に耽っていた太閤の寵姫・淀の方は、だがその情交の最中に胎内に潜めた「楊貴妃の鈴」を掠め取られて愕然とする。至急かけられた追っ手は池畔にて一座を追い詰めるが、城之介の主君が遣わした後援によって一掃されてしまう。だが、一見城之介にいいように利用されていたかに見えた一座は、石川五右衛門を首領とする群盗であった。

 万華鏡のように状況が一転二転する様は眩暈がするほどである。伝説の大盗賊石川五右衛門が何故捕縛されたかを風太郎的解釈で描出する。宛ら際限のない叛逆の物語とも言え、終幕の余韻は虚しくも深い。

『忍者枝垂七十郎』

 江戸屈指の呉服問屋・大丸屋には、公儀御庭番の変装を賄うという裏の顔があった。女だてらに大丸屋の主となったお市が密かに恋したのは、そうした御庭番の一人、仏坂堂馬であった。傷ついて帰還した堂馬は、長い御用の前にお市に対して「枝垂七十郎」という敵の存在を教え、枝垂がここに現れたなら、この蔵の中に閉じこめてくれ、と頼んだ。その一年後、現実に姿を見せた枝垂に「堂馬は死んだ」と聞かされ、絶望しながらもお市は約束通り枝垂を幽閉、餓死させたが……

 忍者、御庭番、刺客らの常軌を逸した執念の物語である。彼等をお市という大店の跡継ぎながらあくまでも常識的な視線でものを見る娘の視点で語っているからこそ、闘争場面が僅かしかないにも関わらず、忍びの者たちの苛烈な生き様が浮かび上がってくる。終幕にはミステリで時として登場するリドルストーリーの趣向が用いられている。

『忍者車兵五郎』

 享保年間の赤坂溜池に二つの奇妙な看板が立った。「忍法指南、車兵五郎」そして同じ人物の「御厨一族の敵討ちは須く返り討ちにする」という主旨のものである。それは今後の対決を正当化する為の妙手であった。宣言通り、車は御厨の討手を立て続けに迎え撃つ。実の処車の目論見とは、ある一人の人物を誘い出すことにあった――

 相次ぐ刺客との争闘は初期忍法帖長篇を圧縮したような感覚があるが、着眼は車が仇討ちの対象となった契機であり、最後に登場する刺客との対決であろう。男女は斯くも火と水の如き、ということか。

『忍者向坂甚内』

 服部半蔵は大御所から群盗の詮議を命ぜられる。時を同じくして市中に遺棄され続ける、目と口を縫われた怪屍体とその群盗に関連があると判明したが故である。春から夏までを費やして、半蔵は群盗の尻尾を捕らえるが、彼等の腕を評価して談合を申し出る。既に盗賊家業に見切りを付けつつあった鳶沢甚内と庄司甚内はあっさりと提案を受け入れるが、一人大望を抱き頑として首肯しない男が居た。「忍法紅蜘蛛縫い」を繰り、北条家の遺児である桐姫に絶対の忠誠を誓う向坂甚内その人であった。

 中盤は割とオーソドックスな忍法帖の風情だが、向坂甚内と桐姫の造形自体が巧妙な伏線となって結実するラストは、長篇でも頻りに語られる忍者の執念をより克明に見せつけている。

『忍者本多佐渡守』

 土井大炊守利勝はある時本多佐渡守に呼び出された。佐渡守は大炊を自分に成り代わって大御所を補佐するに適任と捉え、これより自分が大久保相模守忠隣を徳川に益なき人物として排斥すると宣言、後継者としてその一部始終確と見届けよと伝える。過去に数多の功績があり大っぴらに放逐できぬ相模守を、佐渡守は周辺から追い詰めていく。その標的とされたのは、大久保家の傑物、金山総奉行大久保石見守長安であった。佐渡守は実子・本多上野介の秘書役すら利用して、真綿で首を絞めるようにじわじわと石見守を包囲する――

 本書では最長、中篇クラスの作品。佐渡守の深謀遠慮を大炊、石見守らの視線からサスペンスフルに追っていく。だが、本当に凄まじいのは、佐渡守が改めて自らの役を大炊に明け渡した、それ以降の展開である。本編に登場する忍者とは厳密には佐渡守ではなく彼に忠誠を誓う根来組残党の忍者兄弟のみなのだが、本当に恐るべきは大御所のためなら奸臣の汚名も甘んじて受け入れ、身内すら冷酷に切り捨てる「御役」という呪縛であろう。最終段における大炊の一言は、静かながらも衝撃的である。

『忍者玉虫内膳』

 いつ頃からか江戸城周囲に怪死者が頻出し始めた。躰の何処からか全ての血を流し、「上様お恨み」と記した書状を銜えて彼等はひっそりと絶命するのである。彼等の共通点が、花嫁が公方のお手つきとなって奪われた点にあると発覚し、柳沢出羽守吉保は奇策を講じる。御徒目付の息女・お葉を巡って対立する二人の御小人目付、稲富小三郎と玉虫内膳を召喚した吉保は、二人にある決断を迫る。お葉を大奥に召し抱え、公方のお手つきとすることで二人の何れかを下手人を誘き出す囮にするというのだ。加えて提示された千石の加増という条件に目が眩んだ玉虫は稲富を倒し、いざとばかり怪事の首謀者を待ち伏せるのだが……

 あまりに特徴的な忍術の乱用は、長篇などにおいてはその百花繚乱たる個性故に屡々個々が埋没しがちである。較べるに本編は実に無駄がない。欲望に真っ正直な玉虫というキャラクター、不可解な事件とその首謀者の秘技、一個一個の描写が見事にこの哀感に満ちた結末を導き出している。

『「今昔物語集」の忍者』

 小説ではなく忍法帖創作の舞台裏を垣間見せる随筆である。洒脱な筆致からして多分に修飾された話なのだろうが、「今昔物語集」における忍法帖を彷彿とさせる怪異談を風太郎の文章で語り興味深い。

 長篇と微妙に異なる味わいは、作品の視点が忍者そのものよりも周縁にいる人々に置かれている所為であろう。その違いを堪能するには長篇選集を一度手に取って戴きたいところだが、本書のみでもその外連味溢れる物語世界は充分に楽しめる。長篇ほどにはエログロもきつくないので、それが理由で躊躇っていた向きに入門編として読んで戴いてもいいだろう。

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