『死の影』
判型:文庫判 レーベル:廣済堂文庫 版元:廣済堂出版 発行:1999年7月1日 isbn:4331607585 本体価格:552円 |
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当代きっての怪奇小説家・倉阪鬼一郎の第二長篇。自他共に認める短篇作家であり、主に怪奇短篇を執筆してきており、長篇は本編が刊行される以前では『赤い額縁』一作であった。そちらは紛いないホラー趣味に彩られながらも「新本格ミステリ」の趣があったため、本書こそ作者が初めて世に問うた、純粋なホラー長篇と言えるだろう。<異形コレクション>に参加した作家連による長篇シリーズ<異形招待席>の記念すべき第一作でもある。
マンション「フェノワール東都」には、鬱屈を孕んだ人々が集いつつあった。死んだ婚約者の遺作小説を着服し財を築いたものの、続編の執筆が思うように進まず困窮する覆面作家・唐崎六一。自分を迫害した芸能プロの女社長を殺害したことから発狂し、偽名によって身を隠しながら日々己の殺害衝動に悶々とする殺人鬼・夏木エリカ。ストーカーに付け狙われた過去から明るさを喪い、今なお自分の部屋で首を括った男の幻影に怯え精神を病みつつある関川綾美。そして、破格の条件でもって保育園に採用されたものの、何やら得体の知れぬ秘密を孕んでいるらしい経営母体の動向と、失踪した園児の安否を気遣って悩む阿久野ゆり子。彼等の苦悩の向こう側に、実体の判然としない宗教団体・「愛と平和の園」の影がのっそりと拡がっていた。やがて、マンションの方々に施された不気味な意匠から異形が蠢きはじめ、住人たちの日常を浸食していく…… 読み手の心胆を寒からしめる部品をパッチワークのように継ぎ合わせて構成された長篇である。作者自身がWebなどでそうした執筆作法を公表しているため、それを知って読むと一個一個のパーツが浮き上がって見えてしまうが、前半に於いてはそれも一興だろう。そうして一つ一つ慎重に積み上げられていった部品が突如として崩壊していく後半は圧巻。最終章手前のカタルシスの契機が何処にあったのか解らないのだが、これは作者が折に触れ語る「腑に落ちない」恐怖を体現したものではなかろうか。この点、受け手によって評価は割れるだろうが、この不安定感が読後の現在も一種の酩酊感となって残っている辺り、深川は間違いなく作者の術中に填っている。 ただ、もう一つ気になるのは、前述した主要人物の中で、物語の根本的な流れに充分絡めないままに退場してしまった者があることだ。確かに作品の底流にあるおぞましさを助長するエピソードとして有効ではあったのだが、妙に蛇足と感じてしまうのは私だけだろうか……? |
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