リスタデール卿の謎

リスタデール卿の謎 『リスタデール卿の謎』

アガサ・クリスティー田村隆一[訳]

Agathe Christie“The Listerdale Mystery”/translated by Ryuichi Tamura

判型:文庫判変形

レーベル:クリスティー文庫
版元:早川書房

発行:2003年12月15日

isbn:4151300562

本体価格:760円

商品ページ:[bk1amazon]

 ミステリ界の女王アガサ・クリスティーの、ポアロミス・マープルなどお抱え探偵役が一切登場しない作品ばかりを集めた短篇集。金銭面で悩みを抱える上流階級に廉価で邸宅を貸し与えたリスタデール卿の秘密を探る表題作、新婚の妻が夫の疑惑に迫る『ナイチンゲール荘』、冒険に憧れて田舎行きの列車に乗り込んだ放蕩息子の個室に本当に冒険が転がり込んでくる『車中の娘』、引退した弁護士が殺人事件の捜査に乗り出す『六ペンスのうた』、ほか全12篇を収録する。

 各篇30〜40ページ前後と手頃な分量の作品ばかりなので、長篇のような入り組んだ仕掛けや強烈なカタルシスを齎すものはないが、シンプルだが小気味のいい捻りを利かせたストーリーが存分に楽しめる。

 クリスティー作品というと長篇においてもかなりオールドファッションなロマンスの味付けを施したものが多いが、本書に収録された作品にもそうした傾向が認められる。冒険に憧れる人物の前に魅力的な異性が現れて、謎や冒険の種を提供していく、という筋書きがとくに多いのは、ポアロミス・マープルといった探偵役をコンスタントに書き継ぎながらも思い出したように古典的で隠しきれぬ偏見を宿した長篇冒険小説を著していた著者ならではと言えるだろう。

 但し、普通に冒険を共にした男女が結ばれてめでたしめでたし、と一様にならないあたりもまたクリスティーらしい。ヒーロー願望を満たすようなプロットがある一方で、最後に大きなしっぺ返しを喰らわせ、人間的に成長する姿を描いたものもある。類型的なキャラクターを多く駆使しながら、それ故に捉え方に幅があることを示しており、作家クリスティーの一見単純なようでいて深い懐を窺わせる作品集ともなっている。

 一方で、『ナイチンゲール荘』や『事故』のような痛烈な結末の待ちかまえるエピソードがあり、作品集としての締め括りに見え透いてはいるが虚無的な潔さを湛えた『白鳥の歌』を配するなど、全体が単調に陥らず無粋にもならない工夫を施してある。プロットを創出する手順が透き見える作品群が多いなかにふとこういう作品を盛り込んでおくあたりがまた絶妙だ。

 謎解きとしては伏線や説明が不充分に感じられる作品が多く、長篇以上に恣意的なものを感じさせる点が物足りないが、しかし短いなかに必要とされるものをすべて盛り込んだ密度の高い作品ばかりであり、読み終えたときの満足感もまた大きい充実の短篇集である。名探偵たちの外連や秘密主義が鬱陶しくなったけれどそれでも良質なミステリが読みたい、という向きにお薦め。

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