『メトロポリスに死の罠を』
判型:文庫判 レーベル:双葉文庫 版元:双葉社 発行:2004年09月20日 isbn:4575509647 本体価格:619円 |
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連作短篇集『死体の冷めないうちに』に続く“自治警特捜”シリーズ第二作。
維康豹一“市長”の旗振りによって廃県置市を敢行、市制による地方自治に乗り出した新・大阪市と、中央集権の軛から脱し独自の警察組織としての活動を軌道に乗せた自治体警察局――だが、その航行は順風満帆とは言い難かった。依然として中央とのパイプから生じる利権に群がる旧警察組織との軋轢に悩まされる支倉捜査官ら“自治警特捜”の面々が維康市長の要請で請け負ったのは、市民団体による核廃棄物の輸送を監視に手を貸すこと。即犯罪に直結するわけではないが、市民の安全に直接関わる問題として快諾した支倉たち。キャスクを搭載したという情報の伝わる臨時列車を夜陰に潜んで見届けていた支倉と市民団体の面々は、だがその途中異様な出来事に遭遇する。廃棄物を積んだはずの臨時列車が、ある時点で突如として姿を消してしまったのだ――それから数日後、消えたはずの核廃棄物は意外、かつ最悪のかたちで人々の前に姿を現す。それは早朝、通勤ラッシュにはまだ早い環状線電車内に運び込まれ、テロの“手段”に使われたのだ。テロリストたちの指示により環状線の内側にある市庁舎を含んだ新・大阪市の頭脳部分は外界から切り離され、二分された自治警特捜スタッフもそれぞれ孤軍奮闘を迫られる。果たして彼らはこの未曾有の危機を切り抜けられるのだろうか……? 著者初の連載小説であり、連載というスタイルを利用するために従来の本格ミステリという型にこだわらず執筆した作品だという。それ故に“物語性の復権”という従来からの著者の主張をダイレクトに反映した作品となったが、同時に著者の原体験もいちばん解りやすく表面化した作品というふうにも感じる。 江戸川乱歩の通俗長篇によく似ているのだ。それも『孤島の鬼』『盲獣』といった猟奇性に彩られた作品群ではなく、『怪人二十面相』以来の少年向け作品に。 既に一部の人々から賞賛と期待の眼差しを向けられている支倉捜査官ら自治警特捜の面々に、憎悪を剥き出しにする敵役が大胆不敵な計画で彼らに挑戦する。計画によって分断されたメンバーは敵や理解を示さぬ人々に翻弄されながらも、文字通り知恵と勇気によってそれぞれの難局を切り抜けていき、支倉と最大の敵との対決場面に至る――ほら、単語を入れ替えればそのまま少年探偵団シリーズじゃありませんか。 無論、乱歩作品の愛好家である以上その欠陥も重々承知であり、それを補うために自治警特捜の設定の根幹にある虚構性と、現実世界にもある中央集権というシステムの欺瞞の追求を採り入れつつ、登場人物それぞれの行動にリアリティを付して、乱歩作品にあった背骨の脆弱さや活劇場面の説得力の乏しさを補っている。 ただ、そうしたことによって乱歩作品のような破天荒さが失われ、また物語性以上に現実社会にある欺瞞に対する憤りのほうが色濃く感じられてしまっていることも指摘せねばならない。著者は『ワイルド7』のような漫画の活劇にも影響を受けたことをあとがきに記しているが、漫画ならば構図の工夫によって迫力を表現できる場面も、文章にしてしまうと勢いが削がれることが往々にしてあり、それがそのまま物語のリズムをところどころぎこちないものにしているのだ。 また、犯人側も自治警特捜側も統率を欠いているために、全篇に亘って散漫な印象を残してしまったことも否めない。そのためにもっとカタルシスが生じてもいいはずの直接対決がどうも物足りなく感じられる。 しかし、全体を通して著者自身が楽しんでいるのがよく解る活き活きとした文章と、一章ごとに“引き”を用意した連載ならではの様式、更には本格ミステリという様式美にいたずらにこだわらないが故の先読み困難なストーリー展開と、ほかの作品では味わえない芦辺拓という作家の個性がよく現れた作品である。そういう意味では、異形の作品『保瀬警部最大の冒険』での試みに別のかたちで挑んだ野心作と呼べるかも知れない。 そして、本作でも用いられた“都市の断絶”の構造は昨年末に発表された著者の最新作『切断都市』というかたちでふたたび結実する。前後に渾身の作品『グラン・ギニョール城』や『紅楼夢の殺人』があるために隠れがちだが、これもまた芦辺作品の重要な里程標のひとつと言えるだろう。 |
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