『螢』
判型:四六判ハード 版元:幻冬舎 発行:2004年8月25日 isbn:434400664X 本体価格:1600円 |
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十年前、世界的に著名なヴァイオリニスト・加賀螢司が突如として発狂し、呼び寄せていた音楽家たちを惨殺した事件の舞台となったファイアフライ館。その別荘はいま、若くして財を成した佐世保左内によって買い取られ、螢司のこだわりと惨劇の模様を再現するように改築が施されつつあり、同時に昨年からは佐世保が大学時代に所属していた、心霊スポットの探索などを行うサークル・アキリーズ・クラブの合宿に利用されるようになっていた。佐世保の手によって再現されつつある館の異様な雰囲気を堪能した翌朝、当の佐世保が他殺体となって発見される。折しも降りしきる豪雨によって館は陸の孤島となり、合宿の参加者たちは互いを疑いながら真犯人を探りはじめる……果たして佐世保を殺したのは誰か、かつてのメンバーをも牙にかけた連続殺人犯“ジョージ”との関係は?
近頃は決して多くなくなったが、綾辻行人氏ら“新本格”と呼ばれるムーブメント初期に登場した書き手はよく嵐の山荘或いは孤島を舞台にした作品を発表した。この様式では大学の推理小説サークルなど何らかの同じ趣味や傾向にある若い男女のグループが登場人物に選ばれることが多いが、本書はその双方に漏れない。 が、そこは本格を知り尽くしたうえで技巧を凝らすことで知られる著者だけに、ただの類型には陥っていない。過去の惨劇と現在進行形で街を恐怖に陥れる殺人鬼“ジョージ”を巧みに絡めながら、複数のアイディアを注ぎ込んで読み手を背後から翻弄する。 ぶっちゃけた話、私自身はアイディアのひとつについて、かなり早い段階で解ってしまった。だが、そのアイディアひとつでどうこう出来るような単純な謎解きではなく、終盤まできっちりと興を繋いだうえで更に理詰めでひっくり返していく手管が巧い。 反面、雰囲気に満ちた“ファイアフライ館”という意匠を充分に活かしきれず、クライマックスで増幅されるはずだった幻想的な余韻が理性に食われたままで終わってしまった感があるのがちと物足りなかった。これはある仕掛けの性質にも起因していることなのだが、その仕掛け自体の重みを支えきれずに瓦解してしまったように思う。また、最後にもうひとつ、読みようによっては謎にも、自明のことのようにも取れる記述が最後を飾るのだが、これもまた作品のテーマにある幻想性とはあまり相容れず、読後感を散漫にしていると感じる。意図は薄々解るのだが、別の箇所と共に外しても良かったのではないだろうか。 と、嫌味も出てくるが総体としては細部まで実によく練られた本格ミステリであり、味わい甲斐のある作品。実は『夏と冬の奏鳴曲』以来久々に読む麻耶作品だったのですが(単行本自体はぜんぶ揃えてます)、それ故に真っ当すぎてちょっと吃驚しているぐらいだったり。 |
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