『長い日曜日』
セバスチアン・ジャプリゾ/田部武光[訳] Sebastian Japrisot“Un Long Dimanche de Fiancaille”/translated by Takemitsu Tanabe 判型:文庫判 レーベル:創元推理文庫 isbn:4488142052 本体価格:940円 |
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1917年のとある日曜日、<ビンゴ・クレビュスキル>と名付けられた塹壕で五名のフランス兵が、除隊目的で自傷行為に及んだとして処刑された。彼らが所属していた部隊もまた直後の戦闘で大きな被害を受け、無数の死者と行方不明者を出していた――多くの遺族や恋人が失意の涙に暮れるなか、処刑された五人の中で最も若かったジャン・エチュヴェリィ=通称マネクと婚約していた車椅子の少女マチルド・ドネーは決して彼の死を受け入れようとしなかった。マチルドは八方手を尽くし、あの日<ビンゴ・クレビュスキル>で何が起こったのかを探ろうとする――戦地の混乱に一縷の望みを託し、愛する人の命をふたたび確かめるために。
フランス推理小説界の名匠であり、自ら映画のメガフォンを取ったこともあるセバスチアン・ジャプリゾ1991年の作品であり、結果的に遺作ともなった長篇である。有名な『シンデレラの罠』のイメージから極めてトリッキーな作風と思いこんでいたが、なかなかどうして、本編の組み立ては戦争という滑稽極まりない悲劇を背景に、実にドラマティックな構成となっている。メインはマチルドとその恋人マネクの絆であり、マチルドが彼の足跡を辿るさまが主題となってはいるが、その随所で物語られる戦場の様子の壮絶さ、残された人々のドラマもまた読みどころになっている。 ただ、あまりに登場人物が多すぎて、普通のペースで読んでいるとキャラクターを押さえるのも関係を把握するのも難しい。最前線の混乱以外にも複雑極まる人間関係がマネク失踪の背景となっているため適宜把握していかねばならないのだが、きっちり読みこんでいかないと終盤で確実にこんがらがってしまうはずだ。 しかし、そうして徹底的に味わいながら読むだけの価値のある作品だと思う。輻輳するドラマの随所に伏線を潜ませ、じわじわと回収していく姿の実に巧みなこと。いつまで続くか解らない追跡の果てに待つラストシーンは、それまでの苦労に報いるだけの力強さがある。 本編の完成時には六十歳を数えていた著者だが、ヒロインたち若者の瑞々しさはそれをまったく意識させず、更に壮年のキャラクターたちの深みといかにもベテランらしい複雑極まるプロットとをうまく絡めた重厚な味わいのある作品。 それにしても驚くべきは、さきごろ公開された本編の映画版である。もともとは映画版の日本公開に合わせて、鑑賞前に読むつもりが、試写会のチケットが当たってしまったために、順序が逆になってしまったが、事後に読んだからこそなおさらにその忠実さが解る。存命であることになっていたヒロインの両親が映画では亡くなっていたり、マチルドの歩けない理由が事故から小児麻痺になり、映画では若干ながら歩行も可能になっているなど幾つかの変更は認められるが、あくまで原作の精神を、尺の限られた映画のなかで再現するために必要最小限の脚色を施しているに過ぎない。必要な台詞や伏線はすべて活かしているのだ。 原作付きの映画は、原作に愛着があればあるほどに失望することが多いが、本作品は極めて幸運な例外と言っていい。本書を読まれた方は是非とも映画版を、映画版で惹かれた方には是非とも本書を読んでいただきたい。 |
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