『モロッコ水晶の謎』
判型:新書判 発行:2005年3月5日 isbn:406182421X 本体価格:860円 |
|
臨床犯罪学者火村英生と推理作家有栖川有栖の活躍する国名シリーズ第八弾。“お抱え占い師”のいる家庭のパーティーで発生した毒殺事件の謎を追う表題作のほか、かつての有名俳優の誘拐事件を扱う『助教授の身代金』、クリスティーの名作のひそみに倣う『ABCキラー』、携帯電話向け有料サイトで発表された掌篇『推理合戦』の全四編を収録する。
正直なところ、クイーン派というにはこの火村シリーズの方向性はいささか物足りない、というのが同じくクイーンを頂点と崇める私の思いなのだけど、しかし読み物としての洗練度は初期から変わらず高い。火村が臨床犯罪学者として敢えて捜査の現場に乗り込み、犯人を追及するその背景についてはあまり興味は湧かないのだけれど、雰囲気のある描写と“虚構としてのリアリティ”を備えた作品世界の安心感は確実にある。 作品としてのアイディアは『助教授の身代金』『ABCキラー』が秀逸だが、惜しむらくは絡繰りの方向性がやや似通っていることだろう。着想としては優れているが、果たしてこの二本を並べるのが正しかったかどうか。シリーズの通例として表題作が巻末に置かれ、フックとして軽く爽やかな読み物である『推理合戦』をそのあいだに配したかったのも理解できるが、一冊を構成するには少々バランスが悪いように感じた。 文章や作品世界、また謎解き以外のところに含めたメッセージは良質。特に『ABCキラー』の敢えて解かれずに残された箇所、表題作の主要人物たちのアンビバレントな感情は静かで重い余韻を残す。それを長篇でもっと膨らませてくれても、という気も若干するが、読書の味わいを一冊で複数楽しめるその点こそ短篇集の良さでもある。 幾分物足りなさはあるものの、トータルでの安定感は確かな作品集。でもやっぱりもっとガチガチの本格が読みたいなー。 |
コメント