『東京伝説 ゆがんだ街の怖い話』
判型:文庫判 レーベル : 竹書房文庫 版元:竹書房 発行:2005年5月4日 isbn:4812420865 本体価格:552円 |
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もはや狂気などどこにでもありふれた代物になったのかも知れない。安全なはずのわが家に何者かが潜りこみ、テントを張り子供を産み落としていく。髪を切り磔にし寝床に“罠”を仕掛けていく……『「超」怖い話』のような超現実ではない、生身の“怪談”を扱って独自のスタンスを築きつつある番外編の、通算第六巻。
当初、『「超」怖い話』の実話蒐集の過程で、説明のつかない怪奇現象の類を含まず、終始現実に則しながらも説明しようのない狂気や恐怖に彩られたエピソードを、落ち穂拾いのような形で集めたのが『東京伝説』の始まりであったが、端緒となるハルキ文庫版から数えて早くも六冊目に達する。もう“落ち穂”などではなく、ある程度意図的に集めているのだろうが、それにしてもここまで巻を重ねてしまうこと自体が既に恐ろしい。 体験者たちの恐怖は比較しようがないしいずれも冗談では済まされないだろうが、しかし『東京伝説』のエピソードとして捉えると安定した類型が多い、というのが正直なところだ。個々の迫力は凄まじく、インパクトも強烈だが、シリーズ旧刊から追っている人間にはお馴染みの感覚がある。が、その安定感こそ本シリーズが巻を重ねてきた所以であるのは間違いない――喜ぶべきことではないのかも知れないが。 しかし、ここまで読み継いできて、本書になっていきなり不思議に思ったことがひとつある。――意外と、“東京”や“都会”の絡まない話が混ざっている。 ベースは都会における人間関係の断絶や、金銭や恋愛感情の濃密さから生じる狂気であるのに違いはないにしても、舞台が完全に東京や都市から離れているものも散見されるのである。「穴の女」「死に損ない」「洞窟」など、背景にやや現代生活の澱らしきものが窺われるにしても、舞台は基本的に地方である。特に「母乳礼賛」なんか、確かに話の厭らしさは本の主題に合っているが、完全に“東京伝説”ではない。地方の密接すぎる繋がりが形作る“悪夢”だろう。 こういうものは、『東京伝説』ではない別の括りのときに入れるべき作品だと思う。読み物としておぞましくも興味深いものであることに変わりはないが、扱いはもっと厳密にした方がいいだろう。とにかく、著者も編集者も、少し落ち着け。今まで気づかなかった俺もだが。 何だかんだと書いたが、本書でいちばん怖いのは前書きの日付と奥付の日付とにほとんど隔たりがないことである――両者にわずか半月しか距離がないということの恐ろしさは、出版業界にちょっとでも馴染みのある方ならお解りだろう。そういうタイトすぎるスケジュールが逆に奏功したのか、本書はかなり構成が雑に感じられるが、綺麗に纏めようとしていないが故の迫力がある。冷静であればたぶん締めに持ってこないであろう、折り紙付きの厭なエピソード二本がトリを飾っている点などがその最たるものだろう。主題である“現代の狂気”は、何よりも筆者らを優先的に蝕んでいる気がしなくもない、ある意味充実した最新刊である。 ……とりあえず、ご自愛下さい、と申し上げておきたい。 |
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