『ミステリオーソ』
判型:文庫判 発行:2005年4月30日 isbn:4150307938 本体価格:600円 |
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『そして夜は甦る』で彗星のごとくデビュー、第二作『私が殺した少女』にて直木賞受賞、それから数年の沈黙を経て第三作『さらば長き眠り』を上梓するなど、作風においても執筆ペースにおいても敬愛するレイモンド・チャンドラーを彷彿とさせる創作姿勢によって注目される著者・原籙が第三作を発表した1995年に刊行した小説以外の文章を集めた単行本『ミステリオーソ』。昨年、第三作から十年近いブランクを経て長篇第四作『愚か者死すべし』を発表したことに合わせて、『ミステリオーソ』以降に発表された随筆・解説・対談と作品集未収録の短篇をテーマごとに再編集、二冊に分けて文庫化した。本書はそのうち、著者が自らの経歴やジャズ・映画に関しての拘りを綴った文章を集めている。
デビュー時の経緯や著書に掲載された近影の風貌などから伝説的に語られている著者だが、本書に掲載された文章から透き見えるのは、一般に都会的と呼ばれるものとは異なる不器用さであり率直さ、生真面目さである。流されるがままにジャズに心酔しピアニストとして生計を立てていたかと思えば、映画脚本の道からやがて私立探偵小説の執筆を志し、ピアニストとしての失敗の原因を分析して作風の確立に十年近くを費やす――と聞いて浮かんでくるのは、そんな純粋すぎるくらいの人柄だろう。あまりの紆余曲折と生真面目さに苦笑いさえ浮かんでしまう。 不器用さは、それぞれのジャンルにおいて語る作り手の少なさ、情報の乏しさに感じられる。ジャズではバド・パウエル、デューク・エリントン、セロニアス・モンクや自らが携わっていた黎明期の日本フリー・ジャズ・シーンなどに慧眼を示す一方、その外側にいるもの、たとえばジャズ・ギタリストやフュージョンの系統にはまったく言及していないし、映画では殆ど黒澤明やハンフリー・ボガート、『狼は死の匂い』などフィルム・ノワールに属するような娯楽映画に焦点が絞られていると言って良く、近年の作品には興味さえ示していない。 ただ、その意固地とも見える姿勢に好もしさを感じるのも事実だ。ジャズ・映画にチャンドラー風の私立探偵小説と、実は大きなジャンルで括ると好きな分野がこの著者と重なっている私だが、それぞれ受け付け方が異なるので、本書の論旨では頷けない点も多々ある――昨今の映画が大半若者向けに作られているとか、いわゆるフュージョンに転向したジャズ・ミュージシャンに対する評価の仕方であるとか――それでも反感に赴かないのは、その飾らず人を不快にしない筆致と、著者の人柄そのもの故であろう。 本気でジャズや映画について勉強するための参考にするには無理がある。世の中に多種溢れているガイドブックを参照した方がよほど手早いだろう。が、著者の描く小説世界に惹かれ、その源泉に触れたいと思う読者にとってはこの上なく最適な一冊である。 単行本版『ミステリオーソ』に収録された、小説や創作論にまつわる文章は、本書同様に単行本発売後に発表されたものも含めて『ハードボイルド』[bk1/amazon]に纏められている。著者のバックボーンについてより興味を抱かれた方はそちらも手に取ってみるべきだろう。かくいう私もこれから読みます。 |
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