『弥勒の 判型:四六判仮フランス装 レーベル:本格ミステリ・マスターズ 版元:文藝春秋 発行:2005年4月25日 isbn:4163238107 本体価格:1762円 |
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かつての裏切り以来関係の冷え込んでいた妻が姿を消した。高校の数学教師である辻恭一は、いつか訪れると予感していた破滅を唯々諾々と受け入れるが、妻の知人に捜索届けを出されたことから警察に「彼女を殺したのでは」と疑われてしまう。汚名を雪ぐために、辻は手ずから妻の行方を探りはじめた。同じころ、目黒署の刑事蛯原篤史は何者かの手によって妻を殺された。担当部署が異なるうえに、警視庁人事部から目をつけられている蛯原は、同僚の目を気遣いながら単独で犯人への復讐を誓う。二人の男は、それぞれの事件に関係が疑われる新興宗教“救いの御手”を介して遭遇する。果たして、ふたつの事件の繋がりは何か、そして“救いの御手”の真の姿とは……?
実に本格ミステリとしては十三年振りの書き下ろし長篇ということになるそうだ。昨年来そんな長いインターバルの末に新作を上梓した初期新本格の作家たちがやたらといるが、著者自身あとがきでそうした流れに刺激されて書き上げたことを述懐している。 だからと言って気負いは感じられず、飄々と淡々とした仕上がりである。過剰に外連味や幻想に浸るでもなく、かといって極端にロジックや仕掛けに耽溺するでもなく、紙幅の面からも実にバランスの取れた作品となっている。 ただ、あまりにも淡々とし過ぎているせいか、どうしても物足りなさを禁じ得ない。作中に登場する新興宗教“救いの御手”は他の新本格作品群に登場するものと比べてあまりに穏当に見えるし、人物描写もあっさりと軽すぎるように感じる。 肝心の真相もちょっとシンプルすぎるように思う。そのシンプルさこそが一種の盲点であり、作品の狙いを体現しているとも言えるのだが、折角の長篇なのだからもう少し煮詰めて、濃厚な味わいを醸しだして欲しかった、と思わずにはいられない。 しかし、翻って抑制が利き整理整頓の行き届いた文章と展開の滑らかさ、巧妙な伏線の鏤め方のお陰で読み心地は快適、ページを繰る手が止められないまま一気呵成に解決編まで辿りつく。読み返すまでもなく伏線が思い浮かび、解決に素直に膝を打てるのは書き手の巧さの証明だろう。 十三年前の名作『殺戮にいたる病』同様、解決の鮮やかさに反して後味は決して良くない。だが、ページを繰るあいだの圧倒的な面白さ、伏線の巧みさ、そして“騙される快感”の激しさは傑出している。代表作と呼ぶにはエッジが利いていないと思うけれど、書き手としての志の高さとそれに見合う筆力を窺わせる一篇である。 |
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