『青い館の崩壊 ブルー・ローズ殺人事件』
判型:文庫判 レーベル:講談社文庫 版元:講談社 発行:2005年7月15日 isbn:4062751267 本体価格:857円 |
|
いい加減な怪奇実話本を書き飛ばすライターを生業とする自称名探偵のゴーストハンターと、その大学の後輩で彼の無茶に何かと帯同させられている黒川という、ふたりの“吸血鬼”を探偵役とするシリーズの第三作。
ゴーストハンターは渡世の義理から、人に危害を及ぼさず平和を望む多数の吸血鬼に反発、本来の姿に回帰することを訴える“原理主義者”たちのアジトがあるらしい、というマンションの向かいに転居する。噂はどうやらデマであったらしいが、真っ青に塗り込められた外壁と悪趣味な装飾を施し、“ブルー・ローズ”と名付けられたマンションに妙な好奇心を刺激されたらしいゴーストハンターは、退屈しのぎに始めた超大作ミステリーの構想にそのマンションを織りこむ。一方黒川は、ゴーストハンターの転居先にほど近い地名を奥付とした、自費出版らしき書籍を古本屋で発見した。『青い館の追憶』と題されたその作品は、いちおう謎解きの結構を取っているものの、ファンタジーと呼ぶにも破綻の過ぎた、それ自体が不可解な代物だった。どうやら“ブルー・ローズ”の建築者とくだんの小説の著者が同一人物らしい、と察したゴーストハンターは、小説とマンションの意匠との謎を自作に織り込みながら解決しようと図るが…… 著者の執筆する本格ミステリはいずれも、本来の素地が幻想小説にあるゆえか、多くの非現実的なイメージやガジェットを盛り込み、総体としてかなり歪なかたちを取る。探偵役が吸血鬼という設定からして異形であるこのシリーズの第一作『赤い額縁』にしてもそうだが、マラソンをテーマにした『42.195』もボードゲームを導入した『無言劇』も、一般に“本格ミステリ”を標榜する作品に読者が求めるものとは異なったカタルシスを備えている。 本編はそのなかでも特に振るっている。何せ序盤は謎らしい謎さえない。確かに真っ青な外壁に異形の怪物を彫刻し、余人を拒絶するかのような佇まいを見せるマンションと、基本設定が隔絶された氷の国というファンタジックな代物であるにしても描写的に論理的に矛盾の多すぎるミステリ小説、という素材は興味を惹くものではあるが、そこから具体的な謎が浮き出ているわけではなく、自称名探偵のゴーストハンターが勝手に謎を嗅ぎ取って、乱暴に推論を積み重ねていく。 それにしても、ゴーストハンターは作中作である『青い館の追憶』や『青い目の人形』を読んではその支離滅裂な内容に悩まされているが、黒川や読者の立場からしてみれば、彼が執筆しているもうひとつの作中作『青い薔薇を探して』だって充分に厄介な代物である。事件にインスピレーションを得、というか書くものを決めずに、自室から正対するマンションで目撃した事物をそのまま叙述に織り交ぜ、更に哲学的なといえば聞こえはいいが随所に自己撞着的な論理を挟んでは袋小路に迷い込み慌てて話の筋を変える、という文章を読まされていると、頭がおかしくなりそうな不安を催す。 だが、そうして崩壊していく文脈に巻き込まれていくこと自体、やがてゴーストハンターが解き明かす事件を支配する狂気を追体験しているとも言える。終盤でゴーストハンターは、当初自分の意思により、筋を定めず即興演奏的に執筆していたはずの超大作を、やがて何者かによって書かされているような感覚に囚われていくのだが、それはそのまま事件の構造と二重写しになっており、この一種荒唐無稽とも感じられる事件の真相を読者に受け入れられやすくする土壌を育てているのだ。一般的に“推理小説”と呼ばれるもののイメージを念頭に置いていると非常に理解に苦しむ結末のはずだが、ゴーストハンターの奇矯な行動そのものを楽しみつつ呆れつつ読んでいった末に巡り逢うと、あり得るように感じさせられてしまうのが怖い。 しかも、物語はそのあとにもうひとつの推理と、彼らの察知し得なかった真相を仄めかして幕を下ろす。ゴーストハンターの推理とその顛末自体が論理遊戯を思わせて破天荒であるのに、そのあとに提示されるのは両者共にその上を行っている。真っ当な本格ミステリを期待して読んできた人だと腹を立てそうな結末だが、しかしよく考えて欲しい、この物語は前提に“吸血鬼の名探偵”を用意しているような作品なのだ。その世界観に乗せる解決であれば、このくらい幻想側に足を踏み入れてこそ調和が保たれるというものだろう。つまり、首尾は一貫している。 ……それ以前に、あの倉阪鬼一郎氏が書く作品に“普通”の決着を期待するほうが間違っているとは思うが。『42.195』や『無言劇』を読んでからなら、尚更に。 それでもいま少し中盤のゴーストハンターや仲間の吸血鬼たちとの会話に事件に直結する伏線を交えて欲しかったようには思うが、やたらとお菓子の蘊蓄に話を逸らしたがる宮司に、暗号解明にだけ才能を発揮する猫耳娘という、ゴーストハンターに輪をかけて奇矯な人々を交えたやり取りが別の楽しみとなっているのも事実である。この面々にかかると真っ当すぎてひたすら翻弄されっぱなしの黒川氏に同情しつつ、その脱線ぶりを味わうのもまた一興である。しかし吸血鬼であろうとなかろうと傍迷惑な人達ばっかりだなこの小説。 ちなみに本シリーズは2005年10月現在までに『赤い額縁』、『白い館の惨劇』、本書、『紫の館の幻惑 卍卍教殺人事件』の四作が刊行されている。現状で初期二作が市場では入手困難になっているが、どこかで復刻してくれないものだろうか。 |
コメント