『カリブ諸島の手がかり 世界探偵小説全集15』
T・S・ストリブリング/倉阪鬼一郎[訳] T. S. Stribling“Clues of the Caribbees”/translated by Kiichiro Kurasaka 判型:四六判ハード レーベル:世界探偵小説全集 版元:国書刊行会 isbn:4336038457 本体価格:2400円 |
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クイーンの定員にも選出された、黄金期の伝説的な作品集の完訳。アメリカの心理学者ヘンリー・ポジオリ教授が大学の休暇年度を過ごしたカリブ諸島各地にて遭遇した五つの事件を描く。亡命したベネズエラの大統領が滞在していた宿屋の主人が毒殺された謎を追う最初の事件『亡命者たち』、呪術師との対決を求められて困惑する『カパイシアンの長官』、賭けを契機に銀行強盗の正体を探る羽目になる『アントゥンの指紋』、様々な人々の思惑入り乱れる事件でポジオリ教授が右往左往する『クリケット』、驚愕の結末が待ち受ける『ベナレスへの道』の全五篇を収録する。
“クイーンの定員”というからもっとガチガチの本格ものを想像していたが、帯をよく見れば“超ミステリ”とか“超論理”なんて表現が用いられているくらいなのだから、ただで済むはずもない。冒頭の『亡命者たち』は比較的はっきりした仕掛けがあり、謎解きに紙幅が割かれているが、続く最長の『カパイシアンの長官』は間の抜けた教授の冒険譚という様相を呈しているし、以降の三作など、教授の謎解きの冴えよりも落ち着きのなさや、細かな出来事に翻弄される様子に主眼が置かれ、彼の推理はすべて後手に回っている。名探偵物語というよりは、名探偵という約束事に踊らされる愛すべき人物の肖像を描いた作品のように感じられた。 謎解きとして決して整然とはしていないし、疑問の余地も多い。だが、物語の着想を活かすパーツとしてはいずれも有効に働いている点が一風変わったところだろう。とりわけ『クリケット』など、実際の解決に至る論理展開に断絶があるためにやや不自然さが残るし、最大の興趣となっているひとつの謎については気づかない教授のほうが悪い、と思わせてしまう欠点を孕んでいるものの、謎解きがそのまま特殊な物語の構成素として機能しているさまは実に見事だ。その過程で時として虚栄心に駆られては自己嫌悪に陥り、最後にはなかなか愛嬌のあるところも披露するポジオリ教授の魅力も印象的である。 そのうえ末尾に置かれた『ベナレスへの道』の衝撃たるや、言語を絶するものがある。後年、似たような発想の作品は多々発表されているが、それらに先鞭をつけたうえに、いずれの作品よりもインパクトは強烈だ。犯人側の動機の特異性や、教授が真相に辿り着くための手がかりの配置も絶妙である。シリーズの中でも特にアンソロジーなどに採りあげられる機会が多い作品のひとつであるというのも宜なるかな、と思う。 カリブ諸島の地理や当時の社会情勢をある程度把握していないと理解に苦しむ箇所もあるが、その点を巻末の20ページを超える解説で丁寧にフォローしており、倉阪鬼一郎氏のリズム感に富んだ訳文もあって、翻訳物としてはかなり読みやすく仕上がっている。作品の構造や狙いがある程度の探偵小説マニアを狙っているきらいがあるので、どなたにも均等にお薦めするのは難しいが、もし翻訳ものであるという理由で抵抗を感じていたのなら、その点はほとんど問題ない、と申し上げておきたい。 しかし巻末の解説は本当に丁寧すぎて、読みながらこちらが感じたことをすべてフォローしたうえに更に微に入り細を穿っているために、感想が書きにくいことこの上ありませんでした。結局、なるべく最初に感じた通りに書いたけどもさ。 |
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