白昼の死角 [新装版]/高木彬光コレクション

白昼の死角 [新装版]/高木彬光コレクション 『白昼の死角 [新装版]/高木彬光コレクション』

高木彬光

判型:文庫判

レーベル:光文社文庫

版元:光文社

発行:2005年8月20日

isbn:4334739261

本体価格:1143円

商品ページ:[bk1amazon]

 東京裁判も佳境に差し掛かった昭和二十三年、東大生・隅田光一を中心とした学生達による闇金融会社・太陽クラブが設立された。戦後の混乱した社会情勢を逆手にとって、法外な金利で資産をやりくりした彼らは瞬く間に大成長を遂げたが、天才であるが故の打たれ弱さが災いして逆に金融の魔に飲まれ、隅田光一の死によって太陽クラブは幕を下ろす。天下に轟く東大生による“犯罪”は世間の耳目をいっとき強烈に惹きつけたが、しかし太陽クラブの栄耀はその後、やはり戦争直後の混乱に乗じた天才的犯罪者を生む布石に過ぎなかったのである。隅田光一の腹心として、最終的には彼を牢獄から救う画策さえ試みたその男――鶴岡七郎の才能は、しかし隅田光一の死を契機に本格的に開花する。鶴岡が武器としたのは彼自身の知恵と、“手形”であった……

 無数の傑作、ベストセラーを生み出した高木彬光の諸作のなかでも、構成に与えた影響の最も大きかった作品であろう。まだ“コン・ゲーム”という言い方の無かった時代に書かれたコン・ゲーム小説であり、近年高杉良らが手懸ける経済小説の遥かな先駆けともなっている。作中の台詞が流行語となったことを、知識としてのみでも知っている人は多いだろう。

 それゆえ傑作であることを今更くどくどと述べる必要はないだろうが、しかし今回読んでみて思うのは、その経済知識の確かさ、詐欺犯罪の計画の緻密さも凄いが、分量をほとんど意識させないほどに読みやすいのである。呼吸を心得た簡潔な文体がまず貢献していることは確かだろうが、それ以上に一般人には馴染みのない手形や金融の仕組みを解りやすく解きほぐしていることと、扱っている時代と執筆された年代にも拘わらず、あまり古めかしさを感じさせないことがその一因だろう。

 戦後から十年程度の話なのに古めかしさを感じないとは、と訝る向きもあるだろうが、実際私はそう感じたのだ。その理由は、執筆された時点で高木彬光が物語を“戦後という混乱の時代が齎した物語”と意識して、時代背景の解説を怠ることなく書き綴っていったためだろう。また、こうした経済を扱った小説があまり存在しなかったこともあり、金融の仕組み、手形の動きなどを時代に即した認識と共に懇切丁寧に説明していることが、たとえば現代に昭和三十年代の話を書いているような効果を齎している。そのお陰で、書かれている時代を意識させない文章となっているのだ。

 もともと私がいま、これを読もうと考えたのは、最近マスコミが大々的に採りあげつづけているある事件が理由だった。本書のモデルとなっている、いわゆる“光クラブ事件”が現在の出来事を彷彿とさせるためだが、それは本書においてあくまで導入でしかなく、また魅力のごく僅かな部分しか占めていない。この機会に誰が読んでも楽しめ、また鶴岡七郎――ひいては高木彬光という不世出の才能の魅力を存分に味わえる一冊である。厚みに怯む必要はない。

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