『ニッポン硬貨の謎 ―エラリー・クイーン最後の事件―』
判型:四六判ハード 版元:東京創元社 発行:2005年6月30日 isbn:4488023827 本体価格:1700円 |
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若竹七海氏が実際に体験した奇妙な出来事の真相をめぐって、有栖川有栖氏、法月綸太郎氏ら本業作家が解決編を競作、二度にわたって公募も実施され、とりわけ最初の公募から倉知淳氏を輩出したことでも知られる企画『五十円玉二十枚の謎』。最初の単行本が発行された時点からしばしば取り沙汰されていた北村薫氏による解決が、氏のクイーン論を絡めたエラリー・クイーンのパスティーシュという形式で長篇化され、クイーンの生誕100周年を記念する2005年に遂に単行本化された。年末恒例のミステリ・ベスト企画ものでも好評を博し、更には『このミステリーがすごい!』のバカミス大賞(!)まで獲得してしまった、2005年話題の一作。
1970年代、スランプに悩む推理作家にして素人探偵エラリー・クイーンは、出版社の招きに応じて来日を果たす。礼を尽くした歓待と特徴的な日本の風物に感嘆を禁じ得ぬエラリーだったが、折しも現地を騒がせている、一歳児と二歳児が相次いで犠牲となった“フリソデ殺人”の報に胸を痛める。同じころ、大学生小町奈々子はバイト先に出没する、五十円玉二十枚を千円札に両替してほしい、との頼みに来る男に不審の目を向けていた。大学でミステリ・サークルに所属する奈々子はやがて、来日の世話人となった編集者を介してエラリーと知遇を得ることになるが、同時にこのことが、一見無関係であった“フリソデ殺人”と“五十円玉二十枚の謎”を結びつけることになる…… 上でも書いた通り、いちばん最初の『五十円玉二十枚の謎』単行本でも言及されていた本書の登場を心待ちにしていたにも拘わらず、ようやく連載が始まった『ミステリーズ!』は揃えるだけ、手をつける前に単行本化されてしまったのちも積んだままで、折角クイーンの生誕100周年という記念すべき年に刊行されたのに、多忙さや他の本にかまけているうちに年を越してしまいました。実際に読むのは二日とかからなかったのが却って悲しい。 しかし、北村薫ファンである以上に、クイーンの信奉者であるとも自認する私にとっては、非常に興味深い一冊でした。既に各所で語られている通り、第二部の大半を費やして綴られたクイーン論が圧巻の一言に尽きる。如何せん、作中で主に言及されている国名シリーズを読んだのは既に十年以上前のことなので、論旨にしばしば呑みこみにくいところがあったり、著者が企図していたほどの驚きに繋がらずに終わってしまったきらいがあるのが、あくまで私自身の問題として残念だったが、その穿った解釈に著者のクイーンに対する深い敬意と愛情とを感じ取ることは難しくなかった。 最大の焦点である五十円玉二十枚事件の謎解きとしては、飛躍が著しく満足のいく解答とは到底言い難い。フィクションとして設けられた連続殺人の謎にしても、ところどころで提示される推理はかなり現実的でさすがの説得力を備えているが、肝心の“動機”はやはり極端すぎて受け入れがたい。 ただ、それを当時としては日本通に属し、けれど誤解や過大に解釈した部分も多々ある人物による叙述、という枠に収めることで、その特異な手触りを和らげる構成の巧みさには職人芸を感じる。寺と神社の差違を知らないための間違った記述を挟んだり、日本人の目から日本人らしからぬ名称に異を唱える描写を挟む一方で相変わらず日本人らしからぬ固有名詞を出してみたり、と込み入った小細工にぶつかると、ニヤリとすると共にその凝りように感嘆もする。随所に実際のエラリー・クイーン(フレデリック・ダネイ)来日にまつわるエピソードと関係する事実を織りこんだり、註釈という格好で現在活躍中の作家についての豆知識を挿入しているあたりにも、楽屋話的な面白さがある。 何より、この常軌を逸したような論理展開そのものが後期のクイーン作品に対するオマージュのような意味合いを成しているのもまた本当だ。なるほど、バカミス大賞に選ばれるのにも頷ける部分は多々あるが、あのクイーンの名を冠して恥ずかしくない、そしてこの日本でクイーンという書き手に親しんできた我が身が幸福に感じられる傑作であることもまた間違いない。 |
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