緑の幻影

緑の幻影 『緑の幻影』

倉阪鬼一郎

判型:四六判ハード

版元:出版芸術社

発行:平成11年9月20日

isbn:4882931753

本体価格:1800円

商品ページ:[bk1amazon]

 広義のホラーを扱う雑誌『ウィアード』の小説公募に、しばらく前から奇妙な文章が届いている。筆名を“野火絵”としたその作者が書くものはいずれも小説とも詩ともつかず、異様な情景を記しているだけだが、何故か連作の体を為しているようでナンバーが振られてある。作品としての結構は破綻しているため掲載には至っていないが、編集長を務める白坂貴には何故か“野火絵”の投じる作品が気になって仕方なかった。時を同じくして、白坂と交流のある春田恵美子が編集部に所属する現代詩専門誌『サブライム』にも“風院緑”という署名のある奇妙な詩が届いていた。恵美子はその投稿者を訪ねて黒田温泉に赴くが、以来十日近く音沙汰がなくなる。“野火絵”の住所にある“緑風院”という文字との一致から、恵美子の訪ねた相手と“野火絵”が同一人物であると直感した白坂は、彼女の痕跡を辿るために、仕事も兼ねて現地を訪問する……

 怪奇幻想小説中心に著している倉阪氏の、長篇では初となる本格的なクトゥルーものだという。――いちおう長年にわたってミステリ・ホラーを読み耽り、自身でも創作しているくせに、未だちゃんとクトゥルーを勉強していない私には、その方面での正しい評価は出来ないが、怪奇小説としてもかなり異様な代物であることは断言できる。

 序盤はミステリのような絵解きが中心で描かれていく。上記の出来事のほか、忽然と持て囃された謎のCDが絡んで、行く手に靄のかかったような曖昧な、しかし薄気味の悪い感触を齎す物語が展開する。だが、白坂が緑風院を訪れたあたりから、事態は急激に悪夢のような様相を呈していく。それまでも充分に異様であるが、緑風院でのひと幕以降は、視点人物となる白坂は無論、読者も状況を掴みかねる奇怪な出来事が続発する。豊富な語彙からよく厳選した文章は読みやすく、先読み出来ない展開も手伝ってページを繰る手は早まるが、一向に理解しきれないまま読まされているという趣だ。

 挙句に辿り着くのは、おいおい、とツッコミたくなるがしかし不思議と得心のいく結末である。登場人物の生死にあまり執着を見せない著者がクトゥルーという、ある意味現実をも侵蝕した凶悪な虚構をモチーフとすると、わりとたどり着く場所は似通ってしまう傾向にあるようだが、本編の結末はかなり異彩を放っている。普通なら怒っても良さそうなものだが、この道行きのあとだと受け入れられてしまう。

 野放図に繰り広げられているようでいて、決着を見るとその筆運びに計算を微かに感じさせる。理性でもって異形なるものを操り、作品全体に連続した悪夢を展開させる試みと捉えると、なるほど達者であるが、そう考えていくと中盤において、いちどだけ視点を白坂から外してしまった箇所が浮いてしまうのが難だ。結末と併せて考察すると、そこに意味を付与することも出来そうだが、敢えて挿入せねばならなかったほどの必然性はないように思える。あくまで白坂の視点でのみ綴ったほうが、精度は高まったのではなかろうか。

 しかし、手頃な尺のなかに怪奇小説というモチーフへの拘りと、印刷を緑にし装幀にも趣向を施した凝りまくった作りはそれだけで充分に魅力的である。著者の志、あるいは業のようなものを実感させる一冊。

コメント

タイトルとURLをコピーしました