剣の八

剣の八 『剣の八』

ジョン・ディクスン・カー/加賀山卓朗[訳]

John Dickson Carr“The Eight of Swords”/translated by Takuro Kagayama

判型:文庫判

レーベル:ハヤカワ文庫HM
版元:早川書房

発行:2006年3月15日

isbn:4150703698

本体価格:740円

商品ページ:[bk1amazon]

 退官間際のハドリー警部に齎されたのは、グロスターシャー州にあるスタンディッシュ大佐の屋敷に滞在しているマプラムの主教がちかごろ奇行に及んでいる、という相談だった。何故自分のもとに、と訝るのも束の間、やはりスタンディッシュ大佐の屋敷の離れであるゲスト・ハウスに暮らしていたセプティマス・デッピングが殺害されたという報が届き、結局スタンディッシュ大佐に主教の息子であるヒュー・ドノヴァン、そしてアメリカから帰還したばかりのギデオン・フェル博士とともに現地に赴く。前夜、デッピングのもとには著名な犯罪者と思われる奇妙な訪問者があったため、状況は明々白々かと見られたが、そうは単純に運ばなかった。犯罪学を趣味とする主教に、本格的にそれを学んだ息子のドノヴァン、それに近在の作家ヘンリー・モーガンら、犯罪に見識ありと自負する人々が推理でしのぎを削るなか、フェル博士は如何にしてこの事件を解き明かすのか?

 フェル博士三番目の事件簿であり、長年入手困難となっていたものが、訳文を改めて発売されたものである。旧版は抄訳だったということもあって待ち望まれた1冊でもある。

 但し、出来は正直、決して良くはない。解説において霞流一氏も触れられているが、密室や怪奇趣味、濃密なロマンスといったカーらしい要素が大半押さえ込まれ、繰り返し捻りを施したストーリー展開と、ロジックによって犯人を割り出す解決に力を注いでいるのだが、もともと決して整っているとは言い難い展開はそのためにかなり落ち着きがなくなっているし、決着はいささか不格好だ。解決に至る論理の突破口はきわめてシンプルであり、そこに説得力が備わっていれば鮮やかな一撃であったろうが、一読すぐに納得させられる種類のものでないことが災いしている。アイディア的には、せいぜい中篇程度の規模の物語を支えるものだろう。

 とはいえ、謎めいた状況に対してはやばやとフェル博士が鮮やかな推理を披露しながらすぐさまそれが崩され、以降次から次へと頭脳に覚えのある人々が持論を展開しては新たな事実が判明していく、という展開の激しさと、終盤にちょっとしたアクション場面を導入し、結末にほんのりと苦みを添えるあたりなど、カーらしい外連味は随所にあり、ぎこちないな、と思いつつも最後まで引っ張られてしまうあたりはさすがである。解き明かし方は決して華麗ではなかったが、背景の複雑さも初期作品らしさがあり、読み継いでいるファンにはいっそ微笑ましくさえある。

 およそ成功した作品とは言い難いものの、密室ものに限定されない創作意欲と、ある種徹底したサービス精神は確かに窺え、カー作品の読者ならば充分に楽しめる作品である。他方、怪奇趣味や密室ものへの強烈な拘り、濃密すぎる外連味など、一般に知られるカー作品の特徴に抵抗を覚えていたという向きには、とりあえずいちど触れてみるための窓口として適当かも知れない。

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