メイド刑事(デカ)

メイド刑事 『メイド刑事(デカ)

早見裕司

判型:文庫判

レーベル:GA文庫

版元:Soft Bank Creative

発行:2006年4月30日

isbn:4797334444

本体価格:590円

商品ページ:[bk1amazon]

 警察庁長官・海堂俊昭のメイド・若槻葵は主たっての頼みで仙石宗一郎の邸宅に侵入する。鳳風大学学長を務める仙石は広域暴力団と大っぴらに交流があり、大規模な不正入試で多額の富を得ている疑いがあるが、裏資金の流れについての決定的な証拠が発見できず捜査陣は苦しめられていた。国家特種メイドの資格を持つ葵は、尊敬の出来ない人物の家に仕えることに躊躇いを覚えながら、海堂への忠誠を貫くため、そして仙石家にあって唯一信頼できる人物のために奮闘する……“メイド刑事”誕生を告げる最初のエピソードをはじめ、全三話を収録する。

 フィクションの世界には“様式美”というものが存在する。乱歩の作品で言えば壮大で禍々しくも荒唐無稽な構築物の数々であり、横溝作品で言えば因習に満たされた風土において発生する連続殺人であり、もっと解り易く言えば水戸黄門のアレであったりする。

 本編の肝となっているのも、その“様式美”と言っていいと思う。ベースは『スケバン刑事』だ。和田慎二の漫画作品として登場し、三代に渡ってテレビドラマとして放送され、2006年には映画として四代目の登場が待っているこのシリーズは、“戦う美少女”というフォーマットを切り開き、後続の娯楽アクションや特撮ヒーローもの、近年のアニメーションにも少なからぬ影響を及ぼしている。

 かねてからそうした“戦闘少女もの”に対する愛着を表明し、徹底研究した著書も存在するほどの著者が、集大成に等しい位置づけで満を持して発表したのが本書である。――そうした経緯を著者のサイトによって概ね把握していたので、“メイド”というガジェットが“戦う少女”の肉付けとして活用されていることは予測しており、情報が出た段階でも実際に読んだ時点でも驚きはしなかったが、やはり世間的には色物というイメージが付きまとうであろうし、一般に存在するメイドというものへの歪んだ認識と、本編の中で意図的に歪めた部分との食い違いとが、作品そのものへの誤解を生じているきらいも多分にあると思われる。

 だが、素直に『スケバン刑事』に連なる系譜と捉えれば、これほど真摯で完璧なオマージュもない。第一話に登場する黒幕は暴力団をバックに裏金で稼ぎ名家を乗っ取った男、第二話ではネット・ビジネスの寵児として持て囃される一方で人道に悖る商売に手を染めた男という具合にシンプルで明快な“悪役”を用意していることもそうだろう。こうすることで、葵の信義と忠誠心とを浮き彫りにし、クライマックスにおける立ち回りの爽快感を明確にしている。“萌え”ではなく“燃え”だ、と訴えるとおり、作品世界にうまく嵌ることが出来れば強烈なカタルシスが味わえる。

 カタルシスの強さには、きちんと背景を描き込んでいることも貢献している。第一話ではシンプルながら裏金作りの絡繰りを練った形で提示しているし、第二話では今世間的に“メイド”と言われて(個人的には不本意ながら)まず思い浮かぶ“メイド喫茶”と背景にあるおたく産業の状況を、やや誇張してはいるもののきちんと調査のうえ織りこんでいることが窺える。

 最も重要である若槻葵の背景についても同様だ。描写の端々、とりわけ戦闘中の言動にその出自を匂わせ、その戦闘力と海堂俊昭に対する忠誠心の源をちらつかせる一方、メイドとしての本文の描写にも手を抜いていない。国家資格として扱われているメイドの地位や、そのポリシーはかなりのフィクションが混ざっているものの、イギリス・ヴィクトリア朝に存在したメイドの仕事内容や服飾の知識を絡めて、著者なりに“本物”のメイド像を構築している。第三話においては世の中に背を向けられた人々の哀しみと陰謀の絡繰りとを描きながら、葵の過去と重ねていく工夫も見られる。技法としてはオーソドックスながら、これもまたクライマックスの痛快さに寄与していることを見逃してはならない。

 ただひとつ、難癖をつけるなら、映像にインスパイアされた内容であるせいなのか、描き方も映像的であることだ。解りやすさにも繋がり、決して絶対的な否定材料ではないものの、折角小説という表現手法に取り込んでいるのだから、もう少し“文章ならでは”の描き方を積極的に試みて欲しかった。

 とはいえ、これは面白さが折り紙付きであるからこその高望みだ。著者の意気込みを反映した熱い内容に、簡潔な文章も相俟ってリーダビリティも高く、娯楽小説としての完成度は優れている。

 流行ものを安易に織りこんだかに見えるタイトルに惑わされるなかれ、漫画や映像の世界で潮流を作りあげた“戦闘少女もの”を果敢に文章で表現しようとした意欲作である。既に第四巻まで刊行が決定しているそうだが、可能な限り続くことを期待したい。

 上で映像の影響云々と書いたのは、私自身が読みながら映像を思い浮かべていたからである。その際、私が葵役に当て嵌めていたのは……堀北真希でした。色々とごめんなさい。

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