ぶたぶたのいる場所

ぶたぶたのいる場所 『ぶたぶたのいる場所』

矢崎存美

判型:文庫判

レーベル:光文社文庫

版元:光文社

発行:2006年7月20日

isbn:4334740952

本体価格:495円

商品ページ:[bk1amazon]

 海沿いに佇む白亜の西洋館を用いたグランド・ホテルで、ちょっとした企画が立てられた。演出家・朱雀雅を招き、シェイクスピアの『オセロー』を上演しようというのである。しかも役者は地元からオーディションで選出する、というもの。だが、朱雀がただひとり、名指しでイアーゴー役に抜擢したのは、グランド・ホテルのバトラー、山崎ぶたぶた――容姿はぶたのぬいぐるみ、でも声と含蓄は中年男性という、実にアンバランスなその人であった。好評のぶたぶたシリーズ第7冊めは、異形コレクション収録作を核に膨らませた、連作短篇。

 相変わらず、読んでいて「ほっ」とするシリーズである。決して人間のいい部分ばかりを描いた、欺瞞で彩られた代物ではなく、負の部分をもちゃんと押さえながら、しかしその先に救いや、息をつける場所を見出しているのがいいのだ。

 まず、これほど外面は愛らしく、しかし内面もまた暖かなぶたぶたという人(?)を、作中劇とは言い条、悪役であるイアーゴーに当て嵌める着想自体がその趣旨を鮮明にしているが、より如実であるのは、2話目で痛烈な扱いを受けているある人物を、心に疵を持たせたうえで最終話に再登場させている点だ。放っておけばただの憎まれ役で終わっていたその人に、ささやかな光明を齎したところで幕を下ろす。この呼吸が実に巧い。

 各編ではきっちりと、ぶたぶたという人物の特殊性を活かした笑いを丹念に盛り込んでいるのも嬉しいところだ。如実なのは、これほど愛らしい存在を前にしながら、作家という空想と現実の境を彷徨するような仕事に就いているがゆえに和むことも純粋に驚愕することも出来ず煩悶する人を描いた第4話である。最終話でさりげなくつけられているオチまで含めて、ぶたぶたというキャラクターの外側を活かしたエピソードとしてはこれが出色である。

 またこの作品は同時に、“演じる”という行為の近しさと素晴らしさとを静かに説いている、とも感じられた。外側も中身も愛される存在であるぶたぶたが、凶悪な策士を演じるという意外性もさりながら、主人公オセローとデズデモーナの配役と、それに絡めたドラマもまた絶妙なのだ。他人を演じること、また敢えて悲劇に臨むことで見えてくる現実の問題やその空虚さ、光明があることをも示している。

 しかし人間など、多かれ少なかれ己の“役割”を演じているのだ。演じているだけだと解ってしまえば、その枠組みを逸脱することなどさして難しくはない。『オセロー』のように含蓄に満ちた脚本などないのだから――そう、押しつけることなく、さり気なく説いているように感じたのは、さすがに穿ちすぎだろうか。

 相変わらずの質を維持しつつ、しかし個人的には、これまでのシリーズ作品でいちばん好きな1冊となったように思う。

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