『怪談新耳袋 ノブヒロさん』
判型:文庫判 発行:2006年6月23日 isbn:4840115508 本体価格:571円 |
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昨年完結巻となる第十夜を刊行した『新耳袋』。そのエピソードをショート・フィルムとして撮影しテレビ放映したシリーズに始まった映像版『怪談新耳袋』は、やがてオムニバス形式で劇場映画化され、2005年・2006年には長尺のエピソードをもとに長篇版も制作された。本書はそのうち、2006年に上映された『怪談新耳袋[劇場版] ノブヒロさん』を、映画版にて脚色を担当した加藤淳也氏自らが手懸けたノヴェライズ作品である。
デザイン事務所に働きはじめたばかりの里中悦子は、初めての仕事で島崎信弘という画家と知り合う。先生と呼ばれることを拒み、初対面から親しげに接してきた彼にモデルとなるよう請われたのがきっかけで、悦子は信弘と親しくなっていく。だが、彼の突然の死を契機に、悦子の周辺に不可解な出来事が頻出する…… 先に映画を鑑賞してから読んだので、正直なところ怖さはあまり感じなかった。その代わり、映像では説明できない箇所や、映像では不可能な表現方法を選択した部分などで、映画では伝わらなかった情報を補い新たな側面を見出す楽しみ方は出来た。映画でも冒頭は過去の出来事から始まっており、本編でもそれは踏襲しているものの、採りあげた過去の内容が異なる。映画ではああして映像として提示されることによってインパクトを齎すプロローグとなっているが、しかし文章に起こしたところで同様の効果を上げられるとは考えがたく、この変更は正解だろう。エピローグもそうだが、そうして加えられた小説ならではの潤色がおおむね奏功している点は評価したい。 ただ、そうした工夫が認められる一方で、中盤では映画の場面をそのまま投げ込んでいるだけの部分が多く、本来映像であってこそショックを与えうる描写が無駄に浪費されていることがままあるのが残念だ。特に悦子がある秘密を知った直後の場面などは、映像で提示されるからこそ恐怖に繋がる。それを文章というかたちで先に知って、あとから映像を眺めるとかなり興を削がれる危険がある。映画を観る予定があるならば、そちらを優先したほうがいいだろう。 大筋では映画に変更を施しておらず、つまり原作における現実の恐怖を巧みに換骨奪胎してフィクションとして昇華している。惜しむらくは、脚本家であるせいか、人物造型はしっかりしている一方で、地の文に粗雑さがちらつくことだが、基本的にはよく纏まったホラー小説と言えよう。原則を知っているいないに拘わらず、映画を観る観ないに拘わらず、賞味しうる仕上がりである。 |
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