廃屋の幽霊

廃屋の幽霊 『廃屋の幽霊』

福澤徹三

判型:文庫判

レーベル:双葉文庫

版元:双葉社

発行:2006年8月20日

isbn:4575510874

本体価格:619円

商品ページ:[bk1amazon]

 平山夢明氏とともに、実話・創作双方で現代怪談というジャンルを支える著者が2003年に著した作品集。かつて暮らしていた家が幽霊屋敷として話題になっていることを知り、十年振りに再訪する『廃屋の幽霊』。希望退職に応じて求職活動を始めるも、誰よりも家に長く居続ける暮らしに心が崩れていく『庭の音』。有名な怪奇スポットであるトンネルを友人たちと訪れた日の記憶が意外な顛末を迎える『トンネル』。ほか、全七篇を収録する。

 デビュー作『幻日』*1から3冊目となる作品集だが、既に現在に繋がる作風と、揺るぎのない貫禄とを身に付けた感のある仕上がりである。苦境に立たされた者、社会の裏街道に属する者を視点人物に採りあげ、現実の闇を生々しく描きながら、そこに怪異を絡めていくスタイルが完成されている。

 また、作品としては初期に属するためか、近年のものと比べてアイディアに癖があるのが本書の特徴と言える。ホラー愛好家ならばすぐに思い浮かべるパターンを覆す『廃屋の幽霊』、意外と手つかずの主題を巧妙に怪談に仕立てた『超能力者』、予想もしない方向から怪異の正体が現れる『不登校の少女』など、近年の作品に比べると発送の刺々しさとでもいうべきものが感じられる。トリにおかれた『市松人形』と『春の向こう側』あたりでは近年の作風に近い洗練が窺われるが、こちらの滋味に富んだ作風も、前半のアイディアが際立った作りもどちらも精度は高い。

 個人的には、やはりこれもお定まりの手法に捻りを施した『トンネル』がいちばん印象深い。トンネルを舞台にした怪談は定番と言うべきものだが、そのありがちな流れに仕掛けを盛り込み、怪談とも幻想小説ともつかない境地に踏み込んでいる。怪奇スポットにあえて足を運ぼうとした経験のある者ならば理解の出来る心理描写に、いつしかシンプルな怪談の枠では語りきれない異変が訪れるつくりは、独特の恐怖を齎す。

 初期に属する作品集とは言い条、近年の作品から入った読者でも問題なくのめり込むことが出来る。この方と平山夢明氏がいる限り、怪談文芸はとうぶん安泰という気がする。

*1:『再生ボタン』と改題して幻冬舎文庫に収録。

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