『雪の断章 佐々木丸美コレクション』
判型:四六判ハード 版元:ブッキング 発行:2006年12月25日 isbn:4835442695 本体価格:1600円 |
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1975年にデビューし、約10年間にわたって活動をし熱烈なファンを獲得していたが、以降沈黙を続け2005年に亡くなった伝説の作家・佐々木丸美。死後1年を経て、愛好家の要望によって全著作の復刻が決定、本書はその第1回配本である。懸賞に投じて入賞し、1975年に刊行されたデビュー作。
孤児院で育った倉折飛鳥は小学校1年のとき本岡家に引き取られた。だが扱いは一介の使用人であり、奴隷のような境遇に反発を募らせ、2年後に遁走する。運良く、かつていちどだけ遭遇した青年・滝杷裕也と再会し、彼のもとに身を寄せることになった。裕也の友人・近端史郎や家事を手伝うトキさん、社員寮の管理人などの暖かな情に包まれて、それまでの境遇が嘘のように幸せな暮らしに身を浸していたが、やがて身近な人々が語らなかった秘密や内に潜めた悪意に触れ、戸惑い苦しみながら、少しずつ飛鳥は成長していく――それとともに、恩人である裕也への恋情を募らせながら。しかし、逃げてきたはずの本岡家との因縁は細い糸でもって保たれ、やがて発生した殺人事件が飛鳥を思いがけない窮地へと追い込んでいくのだった……。 私が長年、いちどは読んでみたいと念じながら、まったく復刻の気配がなく悔しい思いをしていた書き手が、この佐々木丸美であった。それ故、今回の復刻の報を知るなり、さっそく全巻予約注文、まず届いた本書を読み始めた次第である。復刻が実現しなかったのは著者自身の意思によるものであり、亡くなってしまったからこそこうして読めるようになったことは肝に銘じねばならないだろう。 初めて読んで感じたのは、これは文章による少女漫画である、ということだ。やたらと情緒的な文章、繊細な線で描かれたさまが頭に浮かぶような登場人物の姿、詩的な言葉を用いた情景描写、いずれも70年代から80年代ごろの少女漫画を想起させる。鬱屈した感情を可憐に、華々しく描く筆致はいったん嵌れば極めて魅力的だろうが、癖としては強烈な部類に入るので、馴染めない人には辛いかもしれない。 展開も漫画チックだが、しかし描かれている感情は生々しく、その容赦ない叙述も好みの分かれるところだと思われる。凜として決して歪まない性質のヒロイン・飛鳥はだが、それ故に他人の嫉みを招き、受けた悪意から来る苦しみを裡に溜めこんで、時折訪れる爆発によって自らが傷つくということを繰り返す。思い込みの激しさをも窺わせるその過程にはしばしば苛立ちも抱かされる。そう感じたが最後、なかなか作品世界から抜け出せないあたりに、本編の真価があるようにも思う。 何せ本編の骨格は、ごく乱暴に要約すれば、舞踏会から幸せに辿り着くまでが非常に迂遠な『シンデレラ』である。女性なら誰しもいちどは夢に見る、“王子様が迎えに来てくれる”というシチュエーションをとことん現実的に、極限まで掘り下げていった結果がこの作品である、と言える。寧ろただリアルなだけではなく、全篇にわたってロマンティックな雰囲気を保ち続けていることは、情熱と筆力とを認めるべきところであろう。 ミステリ読者としては中盤で起こる殺人事件があまりに単純すぎ、果たしてあそこまで警察が捜査に苦慮し、他方で飛鳥がああも簡単に真相に辿り着けることに不満を覚えるが、この殺人事件とその謎解きという経緯も、結局のところは終盤における激しい迷いと、すべてを収まるところに収めた結末に奉仕する材料に過ぎない。真相を察知しながらも敢えて口を噤むに至ったその事情と、それ故に飛鳥が直面する最後の苦しみと、犯人が選択する道は飛鳥の幸福に強い苦みを滲ませる。だが、だからこそ本書の余韻は深く、忘れがたいものになっているのだ。 本書は復刻にあたって著者が手を入れた講談社文庫版ではなく、初出である単行本を定本としているそうで、或いは改稿されたものは上記の癖が軽減され読みやすくなっているのかも知れない。だが、この濃密なロマンチシズムと苦々しいリアリティは、若さの残る文章にこそ似つかわしいようにも思う。 今となってはあまりに大時代的で芝居がかった印象が強いものの、逆に近年触れることのない虚構としての迫力を感じさせる1冊であり、復刻が待ち望まれていたのも納得の出来であった。順次復刻される他の作品も楽しみにしたい。……ただ、誤字脱字が存外多いのは何とかしておいていただきたいが。 |
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