ぶたぶたの食卓

ぶたぶたの食卓 『ぶたぶたの食卓』

矢崎存美

判型:文庫判

レーベル:光文社文庫

版元:光文社

発行:2005年7月20日

isbn:4334739059

本体価格:476円

商品ページ:[bk1amazon]

 外見はバレーボールくらいの大きさ、片方の耳が反っくり返った、ピンク色のぶたのぬいぐるみ。でも声と中身は分別もある大人の男性――そんな山崎ぶたぶたと人々との出逢いが織りなす心温まる物語。シリーズ通算第六作、光文社文庫からは二冊目となる最新刊。ひとり暮らしを始めた街で巡り会った祖母の味がある記憶の真相を語る「十三年目の再会」、何事にも半端な青年が何気なく参加した料理教室でぶたぶたと出会ってしまう「嘘の効用」、鬱病を夫に話せないことに悩む女性の物語「ここにいてくれる人」、忙しい母に育てて貰えず各地を転々とした挙句に道を踏み外した青年が、唯一夏の想い出を残した街へと舞い戻る「最後の夏休み」の全四編を収録する。

 前作『ぶたぶた日記』から音沙汰がなく少々不安だったが、約一年を費やしての続刊にほっと一安心。これほど読み心地のいいシリーズが出版面で苦労を強いられてきたのが不思議だが、何はともあれ光文社文庫での二冊目が登場したことを喜びたい。

 本書の特徴は、題名どおり収録されたエピソードすべてに何らかの形で“料理”が絡んでいることと、それぞれで山崎ぶたぶたの設定が異なっていることだ。前者はともかく、後者にはちょっと驚いた。実のところ『ぶたぶた』は一冊ごとにぶたぶたの生活環境が異なっていて、切り替わること自体は不思議でも何でもないのだが、一冊に収録された作品すべてで設定が違っているというのはこれが初めてだろう。旧刊はいずれも一冊を通して何らかの仕掛けが用意されていたのに対し、本書はほぼ全篇独立している点でも趣が異なる。

 このことは、作者が“山崎ぶたぶた”というキャラクターに充分な自信を得たことの証左と感じる。いちおう全作品でどうやら妻と子供ふたり(全員普通の人間)がいて、手先が非常に器用で目端も利く、極めて温厚な人柄であることは統一されている。それにあのあまりに特徴的な容姿さえあれば、同じ本に収録されたエピソードで職業や生い立ち、成り行きについて差違があったとしても受け入れられる、という確証があるからこそ、「嘘の効用」では会社の都合で退職して現在求職中、「ここにいてくれる人」では喫茶店のマスターという具合に百八十度職業を変えてしまうという荒技が可能になる。そういう意味で、この作品集は『ぶたぶた』シリーズの更なる拡がりを読者にも確信させるターニングポイントの役割も果たすのではないかと思う。その意味で、巻末に添えられた“全日本ぶたぶた普及委員会会長”西澤保彦氏の解説も、本文と比べると文面が硬いのがちと気に掛かるが、極めて意義深い。

 作品ごとに登場する“ぶたぶた”の来歴が異なってはいるが、しかし全篇の主題には共通するものがある。料理が重要な役割を果たす、ということも無論だが、それをきっかけに自らの立ち位置を顧みる物語ばかりになっている。その結果として、すべてのエピソードが何らかの形で“家族”の絆を再確認する話になっていることも、恐らく偶然ではない。

 読み物として非常に心地よく、鼻につくところがないのでものの二時間程度もあれば読み切れる尺に、笑いとささやかな感動が詰まっていて、読後感も爽やか。このシリーズはもっと支持されて然るべきだと心から思う。習いとなった連作短篇形式もいいのだが、テーマも切り離された独立した短篇を集めたものや、更には長篇でも構わないので(尤も、これがいちばん厄介かも知れない――話が長くなると、ぶたぶたに対する人々の違和感がなくなってしまうから)、もう少しだけ速いペースで続編が出ることを願いたい。

 新作を読むたんびに言っているような気がしますが、私はこのシリーズ、何とか実写映画化してくれないかと思ってます。誰もしないなら本気で自分でやりたいぐらいだ。既に頭のなかでは、ぶたぶたさんが遠藤憲一の声で喋ってるし。

コメント

  1. がくし より:

    >誰もしないなら本気で自分でやりたい

    どの口がそんなことを……

  2. tuckf より:

     言ってみるぐらいいいでわないかー。

タイトルとURLをコピーしました