『天保異聞 妖奇士』説二十二 帰ってこないヨッパライ

 町外れの井戸から出没した化物が撒き散らすのは、よりにもよって“酒”。水道の存在する江戸で、水を介して活動する妖夷ほど始末の悪いものはない。奇士たちは策を講じるが、初手で酒を浴びた一同はまだ酔っているのかいまいち締まりがない。同じころアトルは、花街を訪れた岡田という男が、明け方には腹を割かねばならないと聞き、その理由に憤って、なんとか彼を救おうとする……

 珍しくまともな妖怪退治エピソード……と呼ぶのはちょっと酷か。裏でしごく真面目に奔走しているアトルを後目に、奇士の面々は完璧なまでにギャグモードです。いきなり酔っぱらわされるわ小笠原はなかなか酔いが抜けないわ、果てには酒の雨に濡れた宰蔵を挟んでの竜導と小笠原の珍妙極まりないやり取り。おまえら宰蔵をどうしたいんだ。いつの間にやら、すっかり乙女になっている宰蔵の反応がまたおかしい。

 対して、裏でのアトルは“鎖国”と“切腹”という風習を巡って極めて素朴に、しかし熱心に奔走しており、その描写は奥深い。シンプルにまとめられていますが、“鎖国”という政策の意図や武士の習わしの意義を決して現代の価値観で断罪せず、しかし控え目に異を唱える表現はなかなか堂に入っていました。まったく無縁にドタバタしていただけに見えた酒の妖夷を巡る経緯が、ちゃんと最後でこちらに関わってくるのも巧い。

 パロディめいたタイトルも、終わってみるとなかなか深いものがあります。個人的には好きな仕上がりでした。

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