『プレステージ』

原題:“The Prestige” / 原作:クリストファー・プリースト『奇術師』(ハヤカワ文庫NV・刊) / 監督:クリストファー・ノーラン / 脚本:ジョナサン・ノーランクリストファー・ノーラン / 製作:エマ・トーマス、アーロン・ライダー、クリストファー・ノーラン / 製作総指揮:クリス・J・ボール、ヴァレリー・ディーン、ウィリアム・タイラー、チャールズ・J・D・シュリッセル / 撮影監督:ウォーリー・フィスター,A.S.C. / 美術:ネイサン・クロウリー / 編集:リー・スミス / 衣装:ジョーン・バーキン / 音楽:デイヴィッド・ジュリアン / 監修:デヴィッド・カッパーフィールド / 出演:ヒュー・ジャックマンクリスチャン・ベールマイケル・ケインスカーレット・ヨハンソンパイパー・ペラーボレベッカ・ホールデヴィッド・ボウイアンディ・サーキス、リッキー・ジェイ / 配給:GAGA Communications

2006年アメリカ作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:菊地浩司

2007年06月09日日本公開

公式サイト : http://prestige.gyao.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2007/06/09)



[粗筋]

 19世紀末のロンドン。劇場にて開催されていた、“偉大なるダントン”=ロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)のステージに、アルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)はタネのないことを確認する第三者として潜りこんだ。人々がステージを下りるどさくさに紛れて袖から侵入し、ボーデンは奈落に足を踏み入れる。そこには、脱出マジックに用いる水槽が用意されており、舞台でアンジャーが装置を作動させた次の瞬間――水槽の中にアンジャーが没し、閉じこめられた。ボーデンは水槽を破壊しようとしたが間に合わず、アンジャーは息絶える。ボーデンはアンジャー謀殺のかどで捕らえられた……

 ……そもそもアンジャーとボーデンはかつて、ミルトン(リッキー・ジェイ)という奇術師のアシスタント仲間だった。観客の中に潜りこみ、第三者を装ってステージに上がり、壇上でのアシスタントであるジュリア(パイパー・ペラーボ)が水槽から脱出するための便宜を図るといった仕事をしていたのである。実は彼女の夫であるアンジャーが足を縛り、ボーデンは手首を縛るのが普段の手順であったが、前々からボーデンは縛り方がきついと、仕掛けの考案者であるカッター(マイケル・ケイン)に指摘されていたのだが、遂にその危惧は最悪のかたちで的中する。水中で手首のロープを解くことが出来なかったジュリアは、衆人環視の中、溺死してしまった。

 このときから二人の若き奇術師の確執の歴史が始まる。ドサ回り中心ながら着実に仕事をこなし、サラ(レベッカ・ホール)という妻を得て幸せを手にしつつあるボーデンの舞台にアンジャーが忽然と姿を現し、銃弾掴みのマジックに使う拳銃にボタンを仕込んで、ボーデンの指を2本奪った。新たな女性アシスタントのオリヴィア(スカーレット・ヨハンソン)と共に、カッターが開発した鳩消失のマジックを行っている最中に、今度はボーデンが現れて舞台を台無しにする……二人は互いに足を引っ張り合い、憎悪を募らせていった。

 そんななか、ボーデンが新たな奇術を発表した。壇上に設えたふたつのドアを一瞬で移動する“瞬間移動”である――偵察に赴いたアンジャーは衝撃を禁じ得なかった。彼にはまったく仕掛けが解らない。カッターは偽物を使っているのだと言うが、アンジャーには到底納得できなかった。しかし、このままでは水を開けられるという危機感に見舞われたアンジャーは、カッターの提案に従い、瓜二つの人間を捜し出して“新・瞬間移動”と銘打ち舞台にかける。

 ステージ演出の巧さ、天性の魅力と相俟って、同じ内容、欠陥の明白なトリックながら、“偉大なるダントン”の舞台はアンジャー以上の成功を収める。しかし、仕掛けの都合上、観客の喝采を最も浴びる最後の瞬間――奇術の三段階、“確認(プレッジ)”“、展開(ターン)”に続く華々しい一瞬“偉業(プレステージ)”のことである――に舞台にいられないことを屈辱に思い、オリヴィアをスパイとしてボーデンのもとに送りこむ。懐に潜りこんで、そのタネを探り出せというのだ。

 渋々乗り込んでいったオリヴィアだが、しかし彼女は逆にボーデン側に魅せられていってしまう。罵るアンジャーに、だがオリヴィアはボーデンの日誌を手渡す。奇術師特有の符牒で記された難解な日誌の中に、鍵は隠されているのだろうか……?

[感想]

 未だに『メメント』の衝撃を記憶している人もあるだろう。初めての本格的な長篇となるこの作品で世にその名を知らしめたクリストファー・ノーラン監督は、続く『インソムニア』で名優を集め緊張感に溢れたサスペンスを撮り、アメコミの大人気作を復活させた『バットマン・ビギンズ』で従来よりもダーティ、かつ重厚感に富んだヒーロー像を構築する一方、その表現にサスペンス的な技を駆使して独自のヒーロー・アクションの境地を切り開いた。だが、これらの作品はいずれもどこかしらに優れた点を有してはいるものの、『メメント』のような知的興奮を味わわせてくれるような秀逸なアイディアがなく、あの作品に惹かれて監督を追っている者としては一抹の寂しさを禁じ得なかった。

 その意味で本編は、久々に渇を癒してくれる内容となっている。もともと小説としての完成度の高さから注目されていたクリストファー・プリーストの『奇術師』という下敷きがあったお陰もあるだろうが、マジックという要素を軸に、幾重にも張り巡らされた伏線と、時間軸を前後する構成など、観る側の脳を激しく刺激してくれる。

 ただその反面、前述の『インソムニア』『バットマン・ビギンズ』にはあった濃密な緊張感、統一感に溢れた色彩による危険な雰囲気の演出が弱くなった印象がある。駆け引きというよりは互いの足の引っ張り合いがメインとなり、実際には仕掛けられている“罠”も、互いが意識するのは物語のだいぶあとのほうだということもあって、その存在が観客にとって緊張感の源とはならず、若干だが進行が弛緩しているように感じられるのが原因だろう。無論、その辺のサスペンスもどきとは比較にならないぐらいに緊張感はあるし、演出にも品性と知性が備わっているのだけれど、『インソムニア』あたりを記憶しているとやや物足りないのだ。

 だが、物語に仕掛けられた企みの濃密さと、それをもとに築きあげられたドラマが最後に齎す衝撃と余韻は素晴らしい。あくまでワン・アイディアに支えられていた『メメント』よりも成熟した作りとなっている。最大の眼目である大トリックは、原作未読であってもこうした謎解きものに親しんでいる私には早いうちに概ね察しはついてしまうし、恐らくは多くの観客も薄々察知することは難しくないだろう。だが、寧ろ驚嘆すべきはそこから派生した多くのドラマと、鏤められた台詞、表現の繊細さである。鑑賞しながらトリック一本勝負だと思いこんでいる人は、よくよく細かな描写を顧みていただきたい。ほとんど意識しなかったような些細な台詞が、きちんと結末に繋がっていることに気づくはずだ。

 いやそれ以前に、ラストで明かされるトリックに目をくらまされた結果、並行する仕掛けの異様さ、その心理的な機微について見逃している人がいるのでは、という危惧を個人的には覚える。極めて丁寧に構築され、ラストには見事な驚きを演出しながら、それ故に裏に隠された深甚なドラマの数々を見過ごされてしまい、実際よりも低く見積もられてしまうのは勿体ない。

 だからこそ、トリックが解ったらそれまで、と思いこんでいる人にこそ改めて観て欲しい、と私は思う。無論、未見でミステリ映画を期待している人にもお薦めする――但し、心して鑑賞していただきたい。きちんと細部を疎かにせず鑑賞していれば、謎が解けた瞬間に、ただそれだけではない重厚なカタルシスを味わうことが出来るはずだ。

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