『ボーン・アルティメイタム』

原題:“The Bourne Ultimatum” / 原作:ロバート・ラドラム『最後の暗殺者』(角川文庫・刊) / 監督:ポール・グリーングラス / 原案:トニー・ギルロイ / 脚本:トニー・ギルロイ、スコット・Z・バーンズ、ジョージ・ノルフィ / 製作:フランク・マーシャル、パトリック・クローリー、ポール・L・サンドバーグ / 製作総指揮:ジェフリー・M・ワイナー、ヘンリー・モリソン、ダグ・リーマン / 撮影監督:オリヴァー・ウッド / プロダクション・デザイナー:ピーター・ウェンハム / 編集:クリストファー・ラウズ / 衣装:シェイ・カンリフ / 音楽:ジョン・パウエル / 出演:マット・デイモンジュリア・スタイルズデヴィッド・ストラザーン、スコット・グレン、パディ・コンシダインエドガー・ラミレスジョーイ・アンサー、コリン・スティントン、アルバート・フィニージョアン・アレン、トム・ギャロップコーリイ・ジョンソンダニエル・ブリュール / 配給:東宝東和

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2007年11月10日日本公開

公式サイト : http://bourne-ultimatum.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2007/11/10)



[粗筋]

 ――熾烈な戦いの果て、ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)はモスクワでの目撃を最後にその消息を絶った。

 彼の事情を察し、殺人をするつもりがないことを知ったパメラ・ランディ(ジョアン・アレン)は出来れば彼を放っておいてやりたかったが、しかしCIA上層部はそれを許さなかった。エズラ・クレイマー長官(スコット・グレン)はボーンを危険人物と判断し、追い続けるように厳命する。

 時を同じくして、ボーンに絡んで新たな問題が出来する。イギリスの“ガーディアン”誌がボーンの写真入りで、彼と彼の背後に存在する陰謀の存在を仄めかしたのである。取材したのは、国際情勢専門の記者サイモン・ロス(パディ・コンシダイン)――情報源を探り出すために、CIAの対テロ極秘調査局長ノア・ヴォーゼン(デヴィッド・ストラザーン)はロス記者に包囲網を張り巡らせる。

 消息をくらましていたボーンもまた、ロス記者に接近していた。マリーの兄に彼女の死を告げたのち、“ガーディアン”誌に掲載された記事を発見した彼はロンドンに赴くと、CIAに先んじてロス記者に接触することに成功する。ロスの話から、陰謀が更に深い段階に進んでいることを察知したボーンは、ロスを経由して情報源と接触するべく画策するが、その矢先にロスを射殺されてしまう。

 だが、辛うじて回収した取材メモから、ロスが接触していた情報源がCIAマドリッド支局長ニール・ダニエルズ(コリン・スティントン)であることを知ったボーンは一路スペインへ。組織から追われていることを察知したダニエルズの姿は既に支局にはなく、同時にダニエルズの裏切りとボーンの到来を察知したCIAのスタッフを昏倒させた直後に現れたのは、ニッキー・パーソンズ(ジュリア・スタイルズ)――ボーンとは浅からぬ因縁のある女性局員だった。緊迫の中、彼女はダニエルズの潜伏先を彼に教え、車も提供すると言い出した。彼女の真意が理解できぬまま、しかしボーンはニッキーを伴って海路を行く――

 ロス記者が嗅ぎつけた“ブラック・ブライアー計画”とは何なのか。そして、すべての始まりはいったい何処にあるのか――

[感想]

 ロバート・ラドラムのベストセラーとなったシリーズを元にした“ジェイソン・ボーン”三部作、待望の完結編である。

 第一作からきちんと劇場で追いかけてきた私だが、しかし一作目『ボーン・アイデンティティー』を観たときは、決してインパクトは強くなかった。いわゆる正義の味方ではないアクション・ヒーローを創造し、また冷戦中だからこそ活きた“スパイ”という存在を巧みに現代の国際情勢に織りこんだアイディアには感服したものの、やはりどこかしらハリウッド向けに単純化されすぎた印象を受けていたのだ。それが、二作目『ボーン・スプレマシー』で印象は劇的に向上した。ドキュメンタリーに出自を持ち、それを踏まえた撮影手法によって社会派の主題を生々しく描き出す技に長けたポール・グリーングラス監督の存在が、もともとこのシリーズの備えていた現実性を大きく開花させたのである。一作目を上回る大ヒットとなったこの作品を受け、グリーングラス監督の続投によって制作されたのが本編というわけだ。このあとに発表された『ユナイテッド93』の重さと冷静な視座にも感嘆させられた私として、期待せずにはいられなかった本編だが――その期待さえも上回った、驚異的な完成度を示していた。

 前作が第一作から作中時間においても間隔を置いていたことを踏まえて、今回も数年後から始まるのでは、と睨んでいたのだが、意外にも本編は前作のクライマックスを受けたモスクワから語りはじめている。まさに逃亡中のボーンを追うところをオープニングとし、このあとすぐに6週間跳躍してはいるが、物語は地続きになっていることを窺わせる。旧作から観ていると、まずこの引きの巧さに唸らされる。

 続いてカメラはCIAの内部に移り、前作から登場するパメラと、今回の敵役としてのさばるヴォーゼンの微妙な駆け引きによって、背後に横たわる不穏な気配を観る側に感じさせる。決してすべてを描ききらず、あくまで前提として大まかに観客へと伝えた上で、物語はいきなり最初の山であるロンドンでの息詰まる情報戦に突入していく。アクション、と呼ぶには地味だが、しかし周囲にある監視カメラがすべて敵の手にある、と理解したうえで、素人である新聞記者を巧みに操って監視をかいくぐろうとするボーンの手管と、それでも瀬戸際の駆け引きを迫られている緊張感の高さを演出する技術はただごとではない。

 しかも、マドリードでのニッキーとの邂逅を経て、モロッコ・タンジールで繰り広げられる激戦、そしてクライマックス、遂にCIAのお膝元であるニューヨークを舞台とした駆け引きの迫力はそれを更に上回る。タンジールでは、シリーズにおいて初めてボーンを出し抜くライヴァルを登場させ、情報を売ったために抹殺される運命となったダニエルズ、そしてボーンと行動を共にしたために等しく狙われる羽目になったニッキーを軸として、どちらが追われているとも解らないような熾烈な追跡劇を繰り広げる。建物の密集した土地柄を利用し、屋上伝いに縦横無尽に駆け回るボーンの勇姿と、終盤の密室内での肉弾戦の迫力は、それだけでもアクション映画史に残るクオリティと言っていい。

 だが本編がそれだけに留まらないのは、旧作をきちんと踏まえた描写の繊細さにある。タンジールでの死闘を経たあと、ニッキーとのやり取りは第一作におけるマリーとのそれを連想させる組み立てになっており、知っている者ほど深い情感を覚えることになる。更に出色なのは、最後の戦いの舞台となるニューヨークでのひと幕だ。ここで本編は前作のある描写に、あの時点では予測もつかなかった意味を付与して、観る側に衝撃を齎す。前作を観た者なら間違いなく記憶しているはずのあの一連の場面をこんな形で活用する、あまりに洒脱で、それでいて思慮深い技にはただただ感嘆するほかない。

 前作のクライマックスでは、アクション映画のカーチェィスの定石をぶち壊しにする“いっさい避けない”カーチェイスが記憶に鮮やかだったが、本編はそれを更に進歩させている。とどめはCMで用いられている場面であるだけに察しがつく、と想われる方もあるだろうが、幾つかの点でまず確実に、そこで予測した流れを超えている、ということだけは断言しておきたい。

 そうして辿り着いた結末は、淡々としているが、しかし余韻は極めて爽快である。作品の性質上どうしても華々しくは出来ないのを承知で、しかし観客の心を晴れやかにするべく実に思慮深く構成されている。ボーンの最後の台詞から、ある人物の反応、そして第一作のある描写を想起させるラストシーンに至るまで、すべてが冷静で穏やかだが、鮮烈極まりない。

 極度に考え抜かれている作品であるため、本編だけでも充分に楽しめるだろうとは思うが、やはりこれは第一作からきちんと辿って鑑賞していただきたい。本編は三作揃って、アクション映画史に残る金字塔となっているのだから。

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