『水曜日が消えた』

TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『水曜日が消えた』チラシ。
TOHOシネマズ上野、スクリーン3入口脇に掲示された『水曜日が消えた』チラシ。

監督、脚本&VFX:吉野耕平 / 撮影監督:沖村志宏 / 照明:岡田佳樹 / 美術:丸尾知行 / 編集:佐藤崇 / 録音:山田幸治 / 音響効果:柴崎憲治 / 音楽:林祐介 / 主題歌:須田景凪『Alba』 / 出演:中村倫也、石橋菜津美、深川麻衣、中村歩、休日課長、きたろう / 配給:日活
2020年日本作品 / 上映時間:1時間44分
2020年6月19日日本公開
公式サイト : http://wednesday-movie.jp/
TOHOシネマズ上野にて初見(2020/06/25)


[粗筋]
 僕(中村倫也)の一日は、“月曜日”の後始末から始まる。“月曜日”は自由奔放で、知らない女性と一緒に寝てたり、たばこの吸い殻や酒盛りをそのまんまにして眠ってしまうから、だいたい“火曜日”の僕が片付けをさせられる羽目になる。
 朝の日課が済むと、僕は病院に赴き、安藤医師(きたろう)の診察を受ける。脳に障害が出ていないか確かめ、一週間の僕がそれぞれ記した日誌をまとめて提出する。こういう面倒な役回りは、ほとんど火曜日の僕が負わされていた。
 16年前に事故に遭って以来、僕はバラバラになってしまった。眠るたびに人格が変わり、一週間でひとまわりする。毎日、中身が別の人間になるから言動が一致せず、友達もろくに出来ない。近所の作家に現行の督促をするあいだの時間潰しに立ち寄る一ノ瀬(石橋菜津美)だけが、秘密を知った上で僕たちと交流する唯一の人間だった。
 本を読みたくても、火曜日の僕にとって図書館はいつも休館日。感覚的には毎日、同じように部屋を整理して、報告書をまとめて安藤医師に提出し、日付が変わる前に就寝する。そしてふたたび、たばこ臭い服で目覚める、を繰り返す――はずだった。
 でも、その朝は様子が違っていた。服は清潔で、部屋も乱れた様子はない。しかし、朝のテレビ番組で、見慣れないコーナーが始まっていた。そして、僕の朝には来るはずのない、ゴミ収集車の警報音が聞こえてくる。慌てて飛び出すと、見知らぬ美人が僕に向かって会釈をしてきた。
 それは、僕が経験するはずのない、水曜日の朝だった。身体を共有していた水曜日が、突如として消えてしまったのだ――


[感想]
 中村倫也オンステージである。
 主人公は曜日ごとに人格の入れ替わる男、その人格のひとつが突如消えた、という謎から始まるドラマなのだから、主演である中村倫也の露出が増えるのは想像が出来た。しかし、ここまでみっちりと出ずっぱりだとは思っていなかった。
 ただ、曜日ごとに人格が入れ替わる、という設定から期待されるほど、随所で演じ分けが楽しめるわけではない。“水曜日”の人格が消えたことで、初めて体験する“次の朝”に戸惑い、心を弾ませる“火曜日”の目線が中心となっている。綺麗好きで神経質、繊細な優しさを滲ませる“火曜日”のキャラクターは中村倫也の主たるイメージに近く、そういう意味での意外性はない。
 しかし設定そのものの面白さ、その面白さを丁寧に掘り下げていくことで、ほぼ中村倫也のひとり芝居にも拘らず惹きつけられてしまう。曜日ごとに人格が異なり、記憶も共有できない状態で、どのように生活を送るのか? という“もしも”を、曜日の署名の入った付箋でお互いのメッセージを部屋中に残したり、医師に提出するレポートというかたちで意思疎通を図ったり、と、ひとつの身体を共有する7人ならではの意思疎通を図っているのが、微笑ましくも興味深い。
 そしてそれが当事者にとっては決して笑い事ではないことも、細かな描写によって観客に実感させる。“火曜日”にとっての1日は、“月曜日”の後始末をし、病院に通い、“水曜日”のためにゴミ出しの準備をするだけでほぼ終わる。本を読みたいが、地元の図書館は“火曜日”にとって常に休館日だ。ここまで変化に乏しい毎日では、うんざりするのもよく理解できる。
 だから、初めて水曜日の朝を迎えた“火曜日”は、その事実に戸惑いながらも、喜びを覚える。初めて図書館に入り、司書の瑞野(深川麻衣)と知り合い、ときめきを覚える。普通の人にとっては火曜日とさほど変わらない平日でも、“火曜日”にとっては新鮮に喜びに満ちた時間なのだ。この、普通のひとでは味わえない感覚を、洒落た画面作りと、静かに弾ける中村倫也の演技で軽やかに描きだし、観ていてひたすらに楽しい。
 観客としていちばん気になるのは、タイトルにある“水曜日が消えた”謎であろうが、この趣向も巧い。あまり詳述は出来ないが、こういう状況になったとしたら何が起きているのか、という推測をこちらもしっかりと掘り下げ、終盤の思いがけずスリリングなドラマへと結実させている。
 この作品、決して意識的に“いま”ぶつけてきたわけではないはずだし、着想もストーリーにも2020年現在の日本の状況と重なるところはない。にも拘らず、終盤で提示される台詞は、2020年を生きるひとほど、す、っと刺さってくるはずだ。世間と自分とのズレを日々感じ続けているひとへの問いかけであると同時に励ましの言葉でもあるのだが、それが思わぬかたちで真芯を貫いてしまうのは、たぶん本篇が出るべくして現れた作品だったからこそだろう。
 ユニークなアイディアと、それをしっかりと表現しきった演出に、見事に応えた中村倫也の演技。愛らしくも味わい深い好篇である。エンドロールの趣向まで気が利いているので、是非とも最後まで席を立たずに楽しんでいただきたい。


関連作品:
劇場版TRICK 霊能力者バトルロイヤル
サイコ(1960)』/『アイム・ノット・ゼア』/『マーターズ(2007)』/『スプリット』/『ヘレディタリー/継承

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