監督:中田秀夫 / 脚本:小林弘利 / 大場つぐみ[原作]・小畑健[作画]『DEATH NOTE』(集英社ジャンプコミックス)のキャラクターに基づく / 撮影監督:喜久村徳章,J.S.C. / 照明:中村裕樹 / 美術:矢内京子 / 録音:小松将人 / 編集:高橋信之 / 装飾:坂本朗 / 衣装:宮本まさ江 / 音響効果:柴崎憲治 / 音楽:川井憲次 / 主題歌:レニー・クラヴィッツ『I’ll be waiting』(EMI Music Japan) / 出演:松山ケンイチ、工藤夕貴、福田麻由子、高嶋政伸、鶴見辰吾、藤村俊二、南原清隆、平泉成、福田響志、正名僕蔵、金井勇太、佐藤めぐみ、石橋蓮司 / 配給:Warner Bros.
2008年日本作品 / 上映時間:2時間9分
2008年02月09日日本公開
公式サイト : http://www.L-movie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/02/21)
[粗筋]
そのノートに名前を記された人間は、必ず死ぬ。運命を操作できる期間は、23日間――死神のノート“デスノート”を巡る連続殺人事件の黒幕であったキラ=夜神月(藤原竜也)と、国際的に活躍する天才探偵・L(松山ケンイチ)との死闘は、Lの勝利で決着した。だが、その代償は極めて大きかった――Lは庇護者であり最高の理解者であったワタリ(藤村俊二)を喪ったばかりか、最強の敵の裏を掻くために“デスノート”に自ら名前を記したLの寿命は残すところ僅かとなっていたのだ。
ノートを焼却し遺恨を断ちきると、Lは残された時間を惜しむかのように、各国から送りこまれる資料をもとに、片っ端から事件を解決していく。そして、残り14日となって、案件があらかた片づいたLのもとに、ワタリを名指しにした国際電話がかかってくる。受けたLの耳に届いたのは、彼同様にワタリの創設した孤児院で育ち、各地で潜入捜査を行っていたF(浪岡一喜)が残した暗号であった。Fからワタリに贈られた土産を、Lは受け取る。
――事態の予兆は、Lがキラ事件を終決させるため、最後の布石を打ったその日、既にLの前に示されていた。バイオテロに関する調査を進めていたFが、赴任先のタイで殺害されたのである。
テロによって崩壊した村から辛うじて回収されたウイルスは、アジア感染症センターに勤める二階堂教授(鶴見辰吾)に託された。感染力、爆発力もさることながら学習能力に優れたそのウイルスは既に成長しており、軍事目的で販売されるために必要な抗体が存在する可能性が低く、きわめて厄介な代物となっていた。二階堂教授は独自に研究を進めるが、その過程で幾つかの危険を察知し、密かに予防線を張り巡らせる。
ウイルスを利用していたのは、環境保護団体の皮を被ったテロ集団・ブルーシップの面々であり、彼らにこの計画を持ち込んだのは他でもない、二階堂教授の助手・久條希実子(工藤夕貴)であった。彼女は教授が抗体の開発を済ませた頃合いを見計らい、ブルーシップのリーダー・的場浩介(高嶋政伸)とともに感染症センターを襲撃するが、予めこの展開を予期していた二階堂教授は駆け引きの末、自らにウイルスを接種し、久條の手で抗体もろとも自分の頭の中にある設計図をも焼失させるように仕向けた。
久條は思案の末、現在日本にいるLに連絡を取る。二階堂教授が何者かによって殺害され、ウイルスが盗まれた、という事件を装い協力を願い出るが、しかしこの瞬間から、二人は互いが敵同士であることを察知する。
このとき、もう一人の人物――二階堂教授のひとり娘・真希(福田麻由子)が、ある荷物を携えて、ワタリの元を訪ねるべく都内を彷徨していた――偶然にも、父が殺害される場面を目の当たりにし、胸のうちに復讐心を滾らせて。
[感想]
世界的な大ヒットとなった『DEATH NOTE』だが、実は私はあまりこの作品に接していない。原作はまったく手をつけていないし、事情あってアニメ版は最後だけ鑑賞、本編の公開に合わせて先日テレビ放映された映画版も切れ切れに観ただけである。既にブームとなってしまったものをあとから追うのが性に合わないが故であり、情報はちくちく蒐集しているため大まかな筋やアイディアだけは承知していることがあるのだが*1、『DEATH NOTE』の場合も同様で、最後まであまり関心はなかった。
にも拘わらず今回鑑賞したのは、そのカメレオン俳優ぶりで近年活躍の場を拡げている松山ケンイチがブレイクするきっかけとなった当たり役をきちんと目の当たりにしたかったことと、監督が『女優霊』『リング』で日本のホラー映画隆盛のきっかけを生み出し海外にも進出した中田秀夫、脚本がかつて『不思議の海のナディア』などのノヴェライズで活躍し近年は良質な映画脚本を手懸けている小林弘利、とキャスト・スタッフに魅力を感じたからである。実のところ、切れ切れでも『DEATH NOTE』のテレビ放映を鑑賞したのは、こうした情報を得て、スピンオフをきちんと鑑賞する予習のつもりがあったほどだった。
そうして予習までしたものの、制作陣が異なっていることと、監督・脚本の作風からして、『DEATH NOTE』ほど瀬戸際での頭脳戦が繰り広げられることはないだろうし、全体にストレートで情緒的な内容になるだろう、とは予測していたが、その意味では案の定だった。ただ、だからといって期待外れだったわけではなく、予測したラインで充分に満足のいく内容になっている。
もともと“L”というキャラクターの肉付けには、江戸川乱歩の明智小五郎シリーズから続く“名探偵もの”の系譜に連なる個性を備えていた。従って、意識的に彼を中心として話を構築しようとすれば“名探偵もの”――それも怪人対名探偵のヴァリエーションになることは予想に難くない。その枠の中で本編は充分に練り込まれ、極めて高い完成度にある。
作品全体としての着眼自体が、『DEATH NOTE』におけるキラとの死闘の結果として、残すところ僅かな命となったLの意識、感情の変遷を辿ることにある。彼自身の変化のきっかけは『DEATH NOTE』のなかで提示されていて、本編は新しい要素によってそれを引き延ばしているに過ぎない。とはいえ、“L”というキャラクターの個性をきちんと踏まえたうえで新たなきっかけを提示し、膨らませることに配慮しているので、キャラクターを重視したスピンオフとしては完璧に近い仕事ぶりだ。
自らの死期を悟っているだけに、他人に対して向けていた冷酷さをそのまま自らに用い、“L”はかつてないほど果敢になっている。そこをうまく活かし、子供の関心を買おうとして拒絶される、自転車に乗って逃走する、あの猫背の姿勢で全力疾走する、最後には果敢な跳躍を見せるなど、司令官に徹していれば良かった『DEATH NOTE』では考えられないような、しかし彼らしい姿を随所に鏤めており、それが実に楽しい。
Lに行動を起こさせるために絡められた登場人物たちの設定も巧い。父親を目の前で殺され復讐心に駆られる少女は、その感情の揺れでLの予測を超え、タイの事件で唯一生き残り、持って生まれた数学の才能を示す少年は、この世を去るLの希望を受け継ぐ象徴として機能している。そうしてL自身のドラマに寄与する一方で、二人とも事件の展開、解決にきちんと重要な役割も果たしている。
唯一惜しむらくは、事件そのもののツメの部分で、Lの用いる論理が感情に依存しすぎ、果たしてあれで本当に敵を屈服させられるか、という疑問を残してしまっていることだが、しかし他の部分がこれだけがっしりと嵌っているのだから、大した瑕とは言えまい。
『DEATH NOTE』のキャラクター、世界観、作品そのものが備える知性を極力まで引き継ぎつつ、中田秀夫監督・小林弘利両氏の作風をきっちりと盛り込んだ、スピンオフとしても単体としても優秀な仕事であると思う。
ただ……正直、南原清隆の立ち位置と使い方はけっこう微妙だった気はするが。なまじ他がかっちりと作られている分、彼の役柄が言ってみれば“遊び”の役割を果たしている点も否めないものの、もう少し彼の演じるFBI捜査官とLとの信頼関係が生まれるに足るエピソードを盛り込むぐらいして欲しかった。
以下、ちょっと余談。
少年と少女とを連れて拠点から逃走したLが、クレープ屋のワゴンに偽装した逃走用車輌を協力者に運転させ、まず向かわせた先が秋葉原だった。それ自体、ちゃんと必然性があってのことなので問題はないのだが、そうして到着したLたちが降りた場所が――私が普段、バイクで秋葉原に行ったときに利用している駐輪場の真ん前だったのに吹いた。
いや、場所としては間違っていない。あそこからなら、Lの目的とした場所にも確かに程近い。しかし、よりによってあそこからカーチェイスが始まったり、というくだりが、現地を知っていると可笑しくて堪らなかった。あんな狭いところで急発進なんかされたらきっと周囲は大騒ぎだっただろうに。
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