原題:“Sleuth” / 原作戯曲:アンソニー・シェイファー / 監督:ケネス・ブラナー / 脚本:ハロルド・ピンター / 製作:ジュード・ロウ、サイモン・ハーフォン、トム・スターンバーグ、マリオン・ピロウスキー、ケネス・ブラナー、サイモン・モーズリー / 共同製作:ベン・ジャクソン / 撮影監督:ハリス・ザンバーラウコス,B.S.C. / 美術:ティム・ハーヴェイ / 編集:ニール・ファレル / 衣装:アレクサンドラ・バーン / メイクアップ&ヘアデザイン:アイリーン・カストナー・デラゴ / 音楽:パトリック・ドイル / 出演:マイケル・ケイン、ジュード・ロウ / 配給:Happinet Pictures
2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:齋藤敦子
2008年03月08日日本公開
公式サイト : http://www.sleuth.jp/
新宿バルト9にて初見(2008/03/08)
[粗筋]
初老の推理作家アンドリュー・ワイク(マイケル・ケイン)が暮らす郊外の屋敷に、ある日ひとりの男が訪ねてきた。彼の名はマイロ・ティンドル(ジュード・ロウ)――若き俳優にして、ワイクの妻マギーの浮気相手。
ワイクに招待されたマイロは、この不可解な邂逅を機に、ワイクにマギーとの離婚を承諾させようとする。だが、この極めて知性に富んだ尊大な男は、マイロを翻弄して頷こうとしない。それどころか、彼はマイロに異様な提案をする。離婚には同意しない、だがその代わり、金のかかる彼女を君に委ねるため必要な資金を提供するものとして、この屋敷の金庫に隠してある高額のアクセサリーを盗んで欲しい……
……それは、いわばゲームのはずだった。しかし、嫉妬と欲に駆られた男達の戦いは、彼らを思わぬ事態へと導いていく……
[感想]
本篇はもともと戯曲としてアンソニー・シェイファーが執筆した作品に基づいている。同作は1972年に本人の脚色、ローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインの競演によって映画化され、ミステリ愛好家をも唸らせた名作として名を残している。
出来れば先行する1972年版を鑑賞してから本篇に当たりたかったところだが、時間的な事情もあって間に合わなかった。だが、オリジナルとの比較をせずとも、単独で充分に歯応えのある、質の高い作品である。
物語が始まって、まず目を惹かれるのは、その特異な舞台だ。各国で作品が翻訳されているベストセラーの推理作家、しかもその独特で尊大な性格を反映するかのように、やたら無機質で空虚な印象を齎す、芸術的で青みがかったデザインの邸宅でのみ、物語は繰り広げられる。各所に設置された防犯カメラの映像をも組み込んだ画面構成にも、かなりスタイリッシュな印象が色濃い。このどこか現実味の乏しい舞台設定が、男性同士の異様な心理戦に却って説得力を齎している。
しかし、オリジナルが“ミステリ愛好家をも唸らせた”という評価を得ていたことから観ると、率直に言って物足りなさは禁じ得ない。会話に秘めた罠、という見方からすると、最初のシークエンスにおける推理作家の企みはかなり見え見えであったし、続くパートの展開も状況はおよそ明白で、言葉尻を捉えたり裏を読むような駆け引きには乏しいのだ。またこの中盤の流れには、登場人物同士ではなく観客に対して仕掛けられた罠、と捉えられる趣向があるのだが、ああした趣向を用いるならば表現にはもう少し繊細になって欲しかった。
だが、合理的な筋書き、腹の探り合いによって展開される謎解きという方向で期待するのでなく、会話中心の心理劇、駆け引きで盛り上げるサスペンスとして捉えれば、驚異的な完成度を誇っている。最初こそ推理作家のペースですべてが運んでいるため物足りなく感じられるが、この時点でばらまかれた要素を巧みに紡いでの中盤以降は、駆け引きの密度が異様に濃くなる。途中まではどちらが場の主導権を握っているのか明白だったものが、どんどん混沌としていく。表面的には一方が心理的に優位に立っているように見えても、その会話の背後に罠が仕掛けられているような感覚が当事者にも観客にもあって、まったく流れが読めなくなっていく。とりわけクライマックスの駆け引きなど、どこまで本気なのか、決着まで把握することさえ難しい。この台詞の精妙さ、空気の演出の巧さは尋常ではない。
この緊迫感を支えているのは、やはりマイケル・ケインとジュード・ロウという二人の俳優の演技力だ。マイケル・ケインの人を食った会話の巧みさ、尊大だが濃密な孤独を窺わせる佇まいはまさに貫禄だが、しかし出色なのはジュード・ロウである。序盤では一見愚かそうな若者ぶりだが、よく言葉を吟味すると、決して推理作家に劣らぬ機知が垣間見える。粗野に見えてその実繊細、という本質をきちんと描きながら、中盤では見事な逆転劇を演じ、その企みがきちんと嵌った際に見せるメリハリの鋭さは極めて印象的だ。マイケル・ケインは「ジュード・ロウ最高の演技」と絶賛したそうだが、多面的な演技を披露したことも含めて、彼の魅力を堪能出来る内容である。もともとこの二人はこれが初めての競演ではなく、俳優としての資質に近しいものがあるので、いい形で触発し合っていることも奏功していると言えよう。
終盤、まったく予想外の方向へ転がっていった挙句、物語は印象的な結末へと辿り着く。異様な舞台装置のなかで点綴される、男ふたりの最後の姿は、虚しさに彩られた美しさを湛えている。
当初期待していたほど正統的なミステリではなかったが、サスペンスとしては極めて優秀であり、丹念に紡ぎあげられた会話が味わい深い。二世代の美男俳優がしのぎを削る心理劇として、極めて完成された作品であった。
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