シネ・リーブル池袋、物販ブースに掲示された『アムリタの饗宴/アラーニェの虫籠〈リファイン版〉』、坂本サク監督・内田真礼・能登麻美子・MoeMiサイン入りポスター。
英題:“Feast of Amrita” / 原作、監督、脚本、アニメーション&音楽:坂本サク / 製作、プロデュース&監修:福谷修 / 企画:坂本サク、福谷修 / 録音技師:伊藤春花 / 主題歌&イメージ・ソング:aruma / パフォーマンス・キャスト:新嘉喜由芽、原田えりか、倉橋采里 / 声の出演:内田真礼、能登麻美子、MoeMi、花澤香菜 / 配給、宣伝&海外セールス:ZELICO FILM
2023年日本作品 / 上映時間:48分
2023年5月26日日本公開
公式サイト : https://www.amrita-movie.com/
シネ・リーブル池袋にて初見(2023/6/1) ※『アラーニェの虫籠〈リファイン版〉』同時上映
[粗筋]
たまひ(内田真礼)は下校のさなか、一緒に歩いていた友人・陽(能登麻美子)の小さな叫び声で脚を止める。陽の目線の先にある、巨大な敷島集合住宅の屋上に、人影が立っており、もうひとりの友人・由宇(MoeMi)と見守るうちに人影は転落した。
一瞬、奇妙な頭痛に襲われたあと、気づけばたまひは集合住宅の方へと走っていた。陽と由宇も、訳が解らないまま、たまひを追い、敷地の中へと駆け込む。
入口を通ってすぐの巨大な吹き抜けに入った陽と由宇は、つい少し前に飛び込んだたまひの姿が見当たらないことに困惑する。陽は大声でたまひを呼ぶが、返事はない――
当のたまひは、気づかぬうちに上階の回廊にいた。我に返り、集合住宅に駆け込む直前から今までの記憶がないことに気づいたたまひは、姿の見えない友人に連絡を取ろうとスマホを取り出す。そのとき、背後で気配がした。
彼女たちは気づいていない。自分たちが既に、悪夢の中にいるということに――
[感想]
前作『アラーニェの虫籠』と同様、アニメーション作家の坂本サクが、音響まわりを除く大半の制作を基本ひとりで行った長篇映画である――尺は僅かに48分と、まがりなりにも一時間を超えた前作より更に短く、厳密には“中篇”くらいの分量だが、少なくとも作り手の労力を考慮すれば、わざわざ劇場で通常料金を支払って観る価値はある。最初の劇場公開時には『アラーニェの虫籠』とセットで上映を実施しており、合わせるとちょうど一般的な長篇映画の尺になっているので、或いは適切なだった、とも言える。
先に問題点を論ってしまうと、併せて鑑賞すれば手頃な尺になるとは言い条、やはり本篇単体での尺が短すぎる。上映順としても、実際に公表された順序としても『アラーニェの虫籠』のほうが先にあるため、基本的な説明は省ける体裁となっているのが救いだが、単品として鑑賞した場合、あまりにも前提が不透明すぎる。しかも『アラーニェの虫籠』の恐怖と本篇で描かれる恐怖は、根が繋がっている印象はあるが決して同一とは言い難く、急テンポで少女たちを襲う災厄もその顛末も、万人に伝わる、とはとうてい言えない。幻想的で想像力を喚起する描写は、ホラーや怪奇小説、幻想小説に親しんでいるひとにとっては刺激的だが、一般的な観客にとってはさほど魅力を感じられないかも知れない。
また『アラーニェの虫籠』という前提を踏まえたとしても、もっと人物の背景や伏線を細かに描くべきだった、という嫌味はある。前作でも恐怖の舞台となった敷島集合団地にまつわる因縁のみならず、たまひたちの
だが、それでも本篇には間違いなく一見の価値がある。前作もひとりで製作した、と思えないクオリティだったが、続けて鑑賞するとその技術、方法論が更に洗練され、レベルアップしていることが窺える。
前作は3DCGで多くのシーンを作画する一方、繊細な表現が求められる場面では手描きを併用して、柔らかく滑らかなアニメーションを実現した。だが本篇ではこの手法に固執せず、ロトスコープ――本物の人間を使って撮影した映像を手描きでトレースしていく手法で、知識とイメージのみで動きを再現するのと違い、自然な動きが表現出来る。撮影時に考慮しておけば、通常のアニメでは難易度の高いカメラワークも再現可能だ。実際、本篇序盤、たまひが襲い来る怪異から逃げてマンションの廊下を走る場面で、走る彼女を追ったあと、つんのめったその姿を回り込んで正面から捉えるカメラワークは、手描きのみ、想像のみのアニメーションで表現するのは極めて難易度が高い。背景には3DCGを、人物の動きは実写からロトスコープで取り込み、キャラクターとしての柔らかさは手で描くことにより補う。
こうして作り出されたシーンは、およそひとりで製作したとは思えないクオリティと、ひとりで手懸けるからこその統一感が生まれている。それ自体は前作にも言えることだが、異なる手法を採り入れブラッシュアップを図る姿勢は高く評価されるべきだし、2作を立て続けに上映することで、実際の成果を確認出来るのは作品にとっても幸いなことだろう。
物語としては、『アラーニェの虫籠』と舞台、根底を通じながらも、いくぶん趣の異なった展開を繰り広げていく。前作が終始、ひとりのヒロインの経験でしかなかったのに対し、今回は3人の視点、感情が絡んでくる。基本的にたまひの視点で進行していくのだが、要所要所で陽、由宇の視点、心情にも触れ、思春期にある彼女たちの関係性、その鬱屈も織り込まれて下り、青春ドラマ的な側面も覗かせる。人智を絶した恐怖の合間に、自らの未来に対する漠たる不安、決して単純な仲良しでは片づかない友人関係の難しさが窺え、それが不条理で謎めいた結末に、奇妙な切なさを添えている。キャラクターの数は絞りつつも、その人間関係を巧みに織り込んでいればこそ増した情緒であり、そこに作り手の洗練、レベルアップを感じる。
前作同様、ほとんどの作業をひとりでこなしているがゆえに、いささか独善的であり、作り手の解説がないと伝わりづらい描写が多い、という欠点は残っている。ただ、それゆえに、濃密な個性が生まれているのも事実で、こういう作家性が強い作品は、集団での制作ではなかなか実現しにくい。また、作り手の向上心、試行錯誤をはっきりと確認出来る作品というのもまた極めて稀だろう。
間違いなく一見の価値のある作品であり、歪だがイマジネーションに溢れた幻想ホラーである。個人的にこの方には、敷島団地に囚われず、新しい世界を見せて欲しい、と思うのだが――なんとなく、これも一種の呪いみたいなもので、またひとりで制作する企画を立てても、みたびこの忌まわしい団地について採り上げそうな予感はある。
関連作品:
『アラーニェの虫籠』
『こわい童謡 表の章』/『こわい童謡 裏の章』
『ヲタクに恋は難しい』/『プリキュアオールスターズ New Stage/みらいのともだち』/『ペンギン・ハイウェイ』/『夜は短し歩けよ乙女』
『PERFECT BLUE』/『パプリカ』/『劇場版 怪談レストラン』/『青鬼 THE ANIMATION』/『サイダーのように言葉が湧き上がる』/『雨を告げる漂流団地』/『第9地区』/『スカイライン-征服-』
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