原題:“Shutter” / パークプム・ウォンプム&バンジョン・ピサンタナクーン監督作品『心霊写真』に基づく / 監督:落合正幸 / 脚本:ルーク・ドーソン / 製作:一瀬隆重、ロイ・リー、ダグ・デイヴィソン / 製作総指揮:アーノン・ミルチャン、ソニー・マルヒ、グロリア・ファン / ライン・プロデューサー:福島聡司 / 撮影監督:柳島克己 / 美術:安宅紀史 / 編集:マイケル・N・クヌー、ティム・アルヴァーソン / 音楽:ネイサン・バー / 音楽スーパーヴァイザー:デイヴ・ジョーダン、ジョジョ・ヴィラヌエヴァ / 出演:ジョシュア・ジャクソン、レイチェル・テイラー、奥菜恵、デヴィッド・デンマン、ジョン・ヘンズリー、マヤ・ヘイゼン、ジェームズ・カイソン・リー、宮崎美子、山本圭 / ニュー・リージェンシー、ヴァーティゴ・エンタテインメント、オズラ・ピクチャーズ製作 / 配給:20世紀フォックス
2008年アメリカ作品 / 上映時間:1時間30分 / 日本語字幕:太田直子
2008年09月06日日本公開
公式サイト : http://shutter-movie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/09/10)
[粗筋]
カメラマンのベン(ジョシュア・ジャクソン)とジェーン(レイチェル・テイラー)は結婚式を済ませると、すぐさま日本へと飛んだ。もともと日本にある広告会社の国際部に勤務していたベンは結婚を契機にふたたび日本で働くことになり、新婚旅行も日本の観光地を選択したのだ。
楽しかったはずの旅路は、だが宿に到着する前に悲運に見舞われる。人気のない山道で、突如現れた女性を撥ねてしまったのだ。道路から外れ樹に衝突し、意識を回復したジェーンは「大変なことをしてしまった」と慌てて道路に戻るが、しかしそこに轢いたはずの女の姿はどこにもない。警察を呼び、調べてもらっても、人を撥ねた痕跡すら見つからなかった……
だがトラブルは他にはなく、無事に旅を終えたふたりは東京で新しい生活をはじめる。ベンが国際部に勤務していたときからの友人ブルーノ(デヴィッド・デンマン)が手配してくれた住居に腰をすえ、ベンは本格的に仕事に乗り出した。
異邦の地で、夫の帰りを待つ寂しさを紛らわせるために、ジェーンは街を散策する。彼女にとって新鮮な光景をいくつも写真に収めて帰宅したジェーンだが、ベンの助手を務めるセイコ(マヤ・ヘイゼン)にそのデジカメを見せると、彼女は息を呑んだ。ジェーンが撮った写真のほとんどに、不気味な白い影が入り込んでいた。
それだけでなく、新婚旅行のときコテージで撮影した写真にも、似たような白い影が写りこんでいるのを知って、ジェーンはおののく。セイコはそれらの写真を、日本では愛好家も多い怪奇現象――“心霊写真”であると教え、彼女を専門誌の編集部に紹介した。編集部の人間はそれを、基本的にインチキの多い代物だが、まれに死んだ人間の魂が、何らかのメッセージを伝えるために写真に映りこむ現象であると解釈されていることをジェーンに教える。そのとき、ジェーンの脳裏に浮かんだのは、新婚旅行のときに撥ねたはずの女のことであった。
異変は、ジェーンのもとだけでなく、ベンの撮す写真にも現れた。仕事用に撮影した写真にもやはり、白い影が写りこんでいたのだ。ジェーンはベンと共に心霊写真専門誌の編集部で知った霊能力者ムラセ(山本圭)のもとを訪れ、その鑑定を依頼するが……
[感想]
スタッフ一覧にも記した通り、本編はタイで作られた映画『心霊写真』を原作としている。日本での劇場公開は短かったが運良く鑑賞することが出来、その質の高さに感心した覚えから、このリメイク版の日本公開を待ち望んでいた。
そもそもオリジナル版自体が、これによってデビューした監督ふたりが、日本のホラー映画に影響され、その要素を抽出して作りあげた、という背景がある。それだけに、舞台を日本に移し、日本人のスタッフを交えてのリメイクは、逆流とも言えるが配慮として正解だろう。
リメイクされると肝心な部分が改竄され主題が歪められてしまう場合もままあるが、本篇はその意味でも配慮が行き届いており、設定の変更に合わせて調整された箇所も少なくないが、大きな趣向はほぼすべて保存し、基本的な話運びにも修正は加えていない。故に、オリジナルを知っていると折角の趣向にも意外性を感じられないという欠点はあるが、闇雲に壊されるよりは遙かにましだろう。
しかしそれでも、日本産のホラー映画と比較すると、恐怖の演出にいわゆる“猫騙し”に等しいものが多く、また怪奇現象の表現がやはり全般にドライになっているのがどうしても気に懸かる。全体の尺を縮め、現象の密度を高めてスピード感を演出する意図もあったのだろうが、怪奇現象の方向性はどちらかと言えば日本の怪談に近いものがほとんどであるだけに、もう少し間を重視した、湿度の感じられる表現のほうが望ましかったように思う。こと序盤に多い、いるはずのない場所に現れる人影や呼吸、囁きといった気配を用いた恐怖の演出は、あともうひと匙ほど余裕を持った方が効果的であったように思う。
また、そうして異様な、怪しげな空気を盛り上げている細かな怪奇現象そのもの自体は決して悪くないのだが、終盤に入り、怪奇現象が直接危害を加えてくる段になると、いささか不自然さが強調されてしまったのも残念なところだ。全体の成り行きからは決して間違った展開ではないのだが、その危害の加え方が、それまでに描かれた要素や趣向と必ずしも合致していないのが問題なのである。いちおう大きな括りのなかには収まっているものの、観る側が「この現象はこう繋がってくるのか」と唸り、おののくような連携が、そうしたくだりにも欲しかったところである。伏線の張り方が弱いために、直接攻撃が何故この段階で始まったのか、というのが若干伝わりにくいのも引っ掛かる。
だがそれでも、全体のまとまりは良く、主要キャスト・スタッフがアメリカの映画界に在籍する人々ばかりである作品としては、日本製ホラーの雰囲気をよく取り込んだ作品と言っていい。清水崇監督が自らリメイクした『呪怨』は、もともと伽椰子というキャラクターがそういう方向性を備えていたために、異色のクリーチャーのような形で発達していったために、表現が日本製のホラーを踏襲していても全体の雰囲気はハリウッド産ホラーに近づいていたが、本篇は日本の霊魂観をより生活に根付いた形で織りこんでいるために、『呪怨』シリーズよりも本来の和製ホラー、ひいては怪談映画の雰囲気を押さえている。
他方でそうした外国人にはいまいち解りづらい、日本独特の霊魂観を、過多にならない範囲で説明する工夫がなされている点も評価したい。あくまで表面を撫でているだけだが、ここを伝えないと本質は理解できない、という範囲まではきっちりすくっており、その匙加減は日本とハリウッドのスタッフが混合しているからこそ成し得たものだろう。
そうして丁寧にバランスを保っていった結果、これといって突出した部分が見当たらず、やたらと小綺麗にまとまった印象を与えてしまうのが惜しまれるが、しかし日本人として不満を抱かないレベルで、日本製ホラーの雰囲気をハリウッドの流儀に組み込み、ここまで完成させたことはそれ自体で評価したい。
何よりも、日本人特有の霊魂観に根ざした恐怖の源泉を、きっちりと演じきった奥菜恵の演技は出色である。ほとんど台詞がないなかで、目を中心にしたその表情の作り方は、シンプルな演出のなかで求められた湿度を何よりも濃密に作品にもたらしている。とりわけ、個人的には終盤、ベッドに横たわるベンの上に、太腿をゆっくりと晒して跨っていくくだりは本篇のなかでも屈指の名場面だと思った。艶っぽさと不気味さ、更に底に流れる痛々しさとが見事なメリハリでもって表現されたひと幕であり、ここでの奥菜恵の演技は一見に値する。
傑作と呼ぶにはやはり色々と物足りなく不備も多いものの、オリジナルの良さを汲み取ったところも含めて見所は多く、ハリウッドのなかに日本流のホラーの雰囲気をきっちりと刻み込んだ佳作である。
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