『彼が二度愛したS』

『彼が二度愛したS』

原題:“Deception” / 監督:マーセル・ランゲネッガー / 脚本:マーク・ボンバック / 製作:アーノルド・リフキン、ジョン・パレルモヒュー・ジャックマン、ロビー・ブレナー、デヴィッド・ブシェル、クリストファー・エバーツ / 製作総指揮:マージョリー・シク / 撮影監督:ダンテ・スピノッティ / 美術:パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン / 編集:クリスチャン・ワーグナー、ダグラス・クライス / 衣装:スー・ギャンディ / 音楽:ラミン・ジャワディ / 出演:ユアン・マクレガーヒュー・ジャックマンミシェル・ウィリアムズ、リサ・ゲイ・ハミルトン、マギー・Qナターシャ・ヘンストリッジ、リン・コーエン、ダニー・バーンスタイン、マルコム・グッドウィン、シャーロット・ランプリング / 配給:Showgate

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:岡田壯平

2008年11月08日日本公開

公式サイト : http://www.2s-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/11/14)



[粗筋]

 取引先の弁護士事務所の会議室でひとり、夜遅くまで会計監査の仕事をしていたジョナサン・マコーリー(ユアン・マクレガー)の前に、ひとりの男が現れた。この事務所で働く弁護士だというその男――ワイアット・ボーズ(ヒュー・ジャックマン)からマリファナを薦められ、久々に吸ったジョナサンはそれから小一時間、ワイアットと話し込む。常に出張しての仕事ばかりで上司の顔も覚えられない、アパートと取引先を往復するだけの孤独な日々を過ごしていたジョナサンにとって、それは久々に爽快なひとときであった。

 それからジョナサンは、ワイアットと親密に交流するようになる。誘われて、休日には久々のテニスに興じ、昼食の時間を一緒に過ごすようにもなった。

 ワイアットは仕事で休みなく方々を動き回りながら、その暮らしぶりは華やかな印象であった。ジョナサンがワイアットとバーに出かけた帰り、彼がホテルの前で下りると、美しい女性と連れ立ってゲートをくぐっていく、という姿を目撃することもあった。

 ある日、ワイアットと昼食に出かけたあと、ジョナサンの持っていた携帯電話に奇妙な通話があった。「今夜、暇かしら?」身に覚えのない問いかけに電話を確かめると、それはどうやらワイアットのものであった。まったく同じ外観だったために、取り違えてしまったらしい。ワイアットが持っているはずの自分の番号にかけても、忙しすぎるのか電話に出る様子はなかった。

 そうしているあいだにも、ワイアットの携帯電話は幾度か鳴り、その都度違う女の声が「今夜、暇かしら」と問いかけてくる。悪戯心を起こしたジョナサンは、その問いかけにイエスと応えた。

 訪れたホテルに現れたのは、洗練された装いをした美女であった。電話の相手は自分ではない、と言うジョナサンに構わず、女は彼をホテルの一室に連れて行くと、服を脱ぎ捨てた――困惑しながらも、ジョナサンはそれまでに想像もしなかった熱い一夜を過ごす。

 ようやく電話に出たワイアットは、帰るまで自分の電話を好きに使っていい、と言った。ジョナサンは薦め通り、携帯電話に記録されたナンバーのみのアドレスを適当に選んで、「今夜は暇か?」と問いかけた。

 待ち合わせ場所に現れたのは、老いているが凜とした美貌の女(シャーロット・ランプリング)。女は事情を知らぬまま電話をかけてきたジョナサンに、この“クラブ”のルールを語る。相手の素性を問いかけてはいけない、手荒なことはしない。誘った方が部屋を予約する。ジョナサンが踏み込んだのは、ある程度の地位と財産、そして相手を不快にしない容姿を備えていることを条件に、余計なかけひき無用、後腐れなく親密なひとときを過ごすことの出来る、会員制のクラブであった。

 そしてその夜から、ジョナサンの生活は一変する。アパートと取引先を往来するだけだった生活から一転、ある時は自分から呼びかけ、ある時は呼び出されてホテルに赴き、年齢も人種も異なる様々な女たちと一夜だけの快楽に耽った。そうしてジョナサンは、S(ミシェル・ウィリアムズ)と巡り逢う……

[感想]

 率直に言えば、変な期待をしてしまっていたようだ。提示された四つのルールの意味深さに、公開される直前、“観客に判断を委ねるラスト”といった評価に触れたため、知的で終盤に何らかの大きな、予想を覆すようなどんでん返しが待ち受けている類の作品を期待していたのだが、本篇にはそういう意味での驚きはない。

 いや、ある程度の逆転は確かに存在しているのだが、非常にシンプルで、ある程度勘のいい人、ミステリに馴染んでいる人であれば、終盤に至るより早く察しがつく。ああ、あれが伏線だな、と思っていたものがきちんと機能して、派手な展開に至るが、異国を舞台にしたクライマックスはどうも安易に進んでいる印象が濃い。細かい点を言えば、主要登場人物たちの準備があまりにスムーズすぎて、果たしてああも簡単に準備できるのか、行動できるのか、という疑問も残る。そこに至る背後関係の迂遠さもやり過ぎの感はあるが、しかし、ちゃんとあるべき素材を活かしている中盤までの成り行きと比較すると、どうしても思慮が足りないように思えてしまうのだ。

 翻って、携帯電話を用いた秘密の会員制クラブ、というアイディアは素晴らしい。これ自体は実際に存在する、という触れ込みで新聞に紹介されていたものだそうで、脚本家がそこから想を得て本篇を構想した、という経緯のようだが、主人公であるジョナサンがクラブの存在に触れ、親しんでいく過程、そしてそこから大きな謎へと導いていく手管は巧妙だ。この手の映画に親しんでいる者には、ある種の疑いを抱かせるような表現を盛り込んでいるあたりにも、映画に対する意識を感じさせる。

 何より本篇は、その仕掛けの精妙さよりも、アイディアに基づいて特徴的なサスペンスを醸成することに意識を傾けており、その意味では成功している。これといった危機の明示されない序盤でさえ危うい雰囲気を漂わせ、謎が示されたあたりからは急速にテンポが上がっていく。たとえ解る人には解る趣向であっても、必ずしも予断を許さない空気を持続している点で見応えは充分だ。

 そして、ストーリーに寄り添う映像と、俳優たちの存在感が秀逸である。

 本篇の舞台はニューヨークに設定されているが、通常映画では代表的な名所を断片的に盛り込むことでその土地の雰囲気を演出し、実際にはカナダやオーストラリアなどの、許可が下りやすい土地で撮影していることが多い中、本当にニューヨークですべて撮影しているのだという。夜のオフィス、機械的な会議室と窓から覗く摩天楼のコントラスト、男ふたりがランチを摂っている公園とその周辺に林立する高層ビルディングのバランスなど、ありそうで意外と見られなかった映像が無数に鏤められており、思わず眼を奪われる。

 ジョナサンが女たちと重ねる情事の映像も、扇情的でありながらあまり猥雑な印象はなく、生々しさは留めつつもスタイリッシュな美しさを描き出している。実はこのパート、シャーロット・ランプリングマギー・Qといった、重要な役割を演じる女優たちは半裸止まりで濡れ場そのものを披露はしていないのだが、にもかかわらず色香を感じさせるのは、彼女たちの表現力も意味を持っているが――とりわけシャーロット・ランプリングの、年齢を感じさせない妖艶さには感嘆する――一連の場面のムードを一貫させているからだ。

 だがやはり、主演俳優陣の繊細でムードに富んだ演技が作品に強く芯を通しているのは間違いない。ユアン・マクレガーは序盤でどこか垢抜けない言動を示していたのが次第に洗練されていき、その後身に降りかかる奇怪な出来事によって混乱し、最後に突き抜けていく、といった変化を違和感なく演じきっているし、対となるヒュー・ジャックマンは従来の善人キャラや『X−MEN』シリーズ及び『ヴァン・ヘルシング』で見せたヒーローの顔から一転、軽薄だが洗練されており、その上でどこ危険な香りを漂わせる男を好演している。両者のあいだで漂うSを演じたミシェル・ウィリアムズなど、どこか幼さを感じさせる風貌を活かして、捉えどころがなく、しかし悲しい女心を滲ませる難しい役柄に見事に嵌っている。

 広告などで大きく打たれ、序盤で丁寧に描かれる秘密クラブのアイディアを、クライマックスの出来事が凌駕できていないのは残念だが、雰囲気のある映像と、達者ではないがきちんと張り巡らせた伏線、そして終盤まで緊張感を保つ演出など、都会の空気を存分に感じさせるサスペンスとして、なかなか好ましい仕上がりである。積極的にお薦めするのは躊躇われるが、個人的には気に入る作品であった。

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