『ブラッディ・バレンタイン3D』

『ブラッディ・バレンタイン3D』

原題:“My Bloody Valentine 3-D” / 監督:パトリック・ルシエ / オリジナル脚本:ジョン・ベアード / 原作:スティーブン・ミラー / 脚本:トッド・ファーマー、ゼイン・スミス / 製作:ジャック・マーレイ / 製作総指揮:ジョン・ダニング、アンドレ・リンク、マイケル・パセオネック、ジョン・サッキ / 撮影監督:ブライアン・ピアソン / 特殊メイク:ゲイリー・J・タニクリフ / プロダクション・デザイナー:ザック・グロブラー / 編集:パトリック・ルシエ、シンシア・ルドウィグ / 衣装:リーアンヌ・ラデガ / 音楽:マイケル・ワンドマッチャー / 出演:ジェンセン・アクレス、ジェイミー・キング、カー・スミス、トム・アトキンス、ケヴィン・タイ、エディ・ガテギ、メーガン・ブーン / 日本語吹替版声の出演:東地宏樹宮島依里草尾毅内海賢二川久保潔星野貴紀甲斐田裕子 / 日本版イメージソング:北出菜奈『鏡の国のアリア』(SME Records) / ライオンズゲート製作 / 配給:XANADEUX

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間35分 / R-15

2009年02月14日日本公開

公式サイト : http://burabare.com/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/02/14)



[粗筋]

 炭坑によって支えられる小さな街・ハーモニーで、バレンタインの日、人々を震撼させる惨劇が発生した。発端は、新人の作業員トム・ハニガー(ジェンセン・アクレス)のミスで起きた爆発事故である。これによって生き埋めになった5人が死亡して発見されたが、しかし彼らは実際にはともに生き埋めとなったハリー・ウォーデンによって殺害されたと目された。

 ウォーデンは事故後昏睡状態となっていたが、一年後のバレンタイン、突如として覚醒する。彼の手によって病院関係者と、事故の起きた炭坑でパーティーを開いていた若者たちが殺された。ウォーデンは警官の銃弾を浴びて炭坑の奥に逃げこみ、生き埋めになったという。

 ……それから十年後。覚醒したウォーデンによって襲われたあと行方をくらましていたトム・ハニガーがハーモニーの街に舞い戻ってきた。炭坑を所有していた父が急逝したことを受けて、トムは炭坑を売却することを決めたのである。

 だが、まるで彼が戻るのを待っていたかのように、ハーモニーにあの男の影が蘇った。奇しくもバレンタイン・デー、小さな炭坑町が、ふたたび悲鳴に包まれる……

[感想]

 題名にある通り、本篇は3D映画として製作されている。映像は2つのカメラを用いて撮影され、映像は裸眼で観るとぶれた状態になっている。専用の眼鏡をかけて鑑賞すると、スクリーン上にあるものが立体的に見える、という作りになっているのだ。昔は青と赤のセロファンを用いたものがたまに公開されたりしていたが、現在は技術の進歩により、本来の色彩のまま立体映像が楽しめるようになった。

 だがしかし、これは私が鑑賞した劇場で用意したものだけかも知れないが、3D対応眼鏡は、普通の眼鏡をかけた上からは着けづらい。引っ掛かるところがないのでずり落ちてしまい、鑑賞中ずっとどこかを押さえていなければならなかった。しかも、何もなしでかけているときよりも奥に3D対応のレンズがあるせいか、ところどころ映像のブレが残ってしまい、目に負担がかかる。裸眼で観た場合はこの限りではないだろうが、観る側のコンディション次第では普通の映画よりも疲れる代物になっている、と言わざるを得ない。

 仮に製作者の意図した通りに見えていたとしても、3D映画としての満足が味わえたか、と問われると疑問である。横たわるハリー・ウォーデンの顔の輪郭をくっきりと浮き上がらせたり、殺人鬼ハリー・ウォーデンの象徴として用いられるツルハシの描写には繊細なこだわりを見せる一方で、ほかの場面については“飛び出す絵本”のような安易さの方を強く感じてしまうのだ。確かに距離感は掴めるが、この程度なら普通にカメラワークの技術でフォローできるだろう、と思えてしまう。

 ホラー映画としてはごく標準的な仕上がりと言えるだろう。殺人には一貫してツルハシを用い、表現的には単純だがそれ故に同じシチュエーションを巧く反復利用しているし、マスクを装着した殺人鬼が相手であるからこその仕掛けが終盤まで、どこから狙ってくるか解らない緊張感を盛り上げている。

 マイナス点としては、スラッシャーものの金字塔をリメイクし、ちょうど本作の前日に公開となった『13日の金曜日』にしてもそういう傾向はあったが、モチーフが単純化されすぎて奥行きに乏しいことと、『13日〜』は巧みだった、前に使った殺し方を応用して緊張感を膨らませるような趣向がなく、いきなり襲いかかる、人々が犠牲になるときの間の作り方で恐怖を煽る、といった解り易く、安易なものが多いので、深みがないことが挙げられる。特徴的な要素もあまり効果を上げていないし、どうも全般に浅いのだ。

 観ていて退屈することはないものの、この面白さはやはりB級のそれであり、本篇で強調されているのはマニアックさや深遠な哲学ではなく、アトラクション的な恐怖である。3Dの効果を観客に実感させる、という意味では正しい作りなのだが、惜しむらくは3D上映の仕組み自体がその要請に応えられていない。

 本篇は特殊な上映方式や3D眼鏡の貸出を行う手間もあって、一般料金が2000円、シニアで1500円と高めの料金設定になっている。だが、アトラクションとしてではなく、映画を楽しみたい、と思って足を運ぶ人間にしてみると、料金に見合った満足が得られるとは言いがたい出来である。3Dに対応していなければ、スラッシャーとしてそれなりに楽しめる出来であると思えるだけに惜しまれてならない。

 今後も3D上映の作品は増える一方で、受け手の制限されるホラー、スラッシャーはたぶん決して多くないはずなので、イベントとして鑑賞してみるのも一興だろうが、その際、自分の状態によっては非常に観づらく、疲れる思いをすることは覚悟しておいたほうがいいだろうし、出来については過分な期待をしないよう申し上げておく。

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