『ミュータント』

『ミュータント』(フランス映画祭2009・ホラーナイト)

原題:“Mutants” / 監督:ダヴィッド・モルレ / 脚本:ルイス=ポール・ディサンジェ、フランシス・レナード / 製作:アラン・ベンギーギ、トマ・ヴェルハーゲ / 撮影監督:ニコラ・マサール / 美術:ジェレミー・ストレリスキ / 特殊メイク:ラティティア・イロン、フレデリック・レイネ / 衣装:セシール・ジオ / 出演:エレーヌ・ド・フージュロル、フランシス・ルノー、ディダ・ディアファ / 日本配給未定

2009年フランス作品 / 上映時間:1時間25分 / 日本語字幕:LVTパリ

2009年3月13日フランス映画祭2009にて日本初公開

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2009/03/13)



[粗筋]

 正常な思考能力を失って人間に食いつき、頭部を破壊されるまで活動を続ける“生ける屍”となる病に覆われた世界。唯一、軍が封鎖したノア基地だけが安全圏と言われており、幸いに感染者の襲撃から免れていた人々は懸命にその場所を目指した。

 救急医のソニア(エレーヌ・ド・フージュロル)とその恋人マルコ(フランシス・ルノー)もまた、襲撃を受けた友人を救うべく、ノア基地への道を辿っていた。しかし、途中から同道していた女性軍人に察知され、友人は射殺されてしまう。

 緊迫した空気のなか、それでも3人は行動を共にしていたが、給油のために訪れたガソリンスタンドで、とうとう最悪の事態に発展した。既に感染していると思しい人物にマルコが噛みつかれ、とどめを刺そうとした女性軍人を、ソニアが殺してしまう。

 恐怖におののくマルコを宥めて救急車で移動、発見した病院に身を寄せるが、マルコの身体は時間をかけて、じわじわと変貌していった。救急車の無線で繰り返し呼びかけても、基地が応える気配はない。

 降りしきる雪の中、孤立した病院で、ソニアは少しずつ人でなくなっていく恋人と対峙しなければならなかった……

[感想]

 上記の粗筋だけだと、とても普通の“ゾンビ映画”のように思えるだろう。実際、本篇はおおむね基本に忠実を保っている。本篇に強烈な個性を齎しているのはただ一点、感染から完全に発症するまで、異常に時間がかかる、という発想なのだ。

 従来のゾンビ映画では、噛みつかれた者は数時間のうちに発症、完全なるゾンビと化す。ほとんど躊躇している間もなく、登場人物はとどめを刺すか否かの選択を迫られることになる。そこに顕れる緊張感や恐怖、望んでもいない行為を迫られるおぞましさが、言ってみればゾンビ映画の大きな見所として機能するのだが、本篇は発症までのプロセスを緩慢にすることで、殺すか、それとも僅かな希望に縋って助けるか、という煩悶を執拗に描き出し、力強いドラマを構築する素材にしている。

 ここで活きてくるのが、登場人物の少なさである。もともとホラー映画というのは一種の閉鎖的状況の中、限られた人々のなかで生じる対立や駆け引きを見せ場とすることが多いのだが、通常そのためにはどれほど少なくとも3人程度の人物が常に絡んでいる必要がある。しかし本篇では、人が居なくなったあとの病院に逃げこんでから、かなり後半に近づくまで、ほぼ2人きりで話が展開する。

 そのあいだ、ヒロインは何としてでも基地と連絡を取り合い、そこに存在するはずの治療法が彼を助けてくれるだろうという希望に縋りつく。次第に症状が悪化して身動きが取れない恋人は、そんなヒロインの献身ぶりに感謝し頼りながらも、我が身を襲う変化にもがき苦しみ、そんな自分の姿を見ていて面白いのか、と相手を罵ってしまう。更に事態が進むと、思考がまだらに蝕まれ、発作的にヒロインに襲いかかってしまうまでになるのだが、それでも完全ではないから、突然理性が蘇る。直前までのまさにゾンビ映画らしい緊迫感から一転、悲嘆に暮れる恋人たちの姿は哀切を極める。発症までの時間を限界まで引き延ばす、というアイディアだけで、本篇はゾンビ映画に新しい光を注いでいるのだ。

 残念なのは終盤、ごく当然の成り行きで登場人物が増えたあとは、有り体のゾンビ映画と同じような展開になってしまうことである。ここでもお約束にヒネリを加えた発想を用いたり、繊細なドラマ作りの巧さは感じられるのだが、雑に作られた見せ場も散見され、すれた観客の目からすると苦笑いしてしまうような場面もあった。登場人物ががさつでも行動が杜撰でも構わないのだが、作り手にはもう少し配慮を求めたいところである。

 しかしそれでも、本篇の中心にいるふたりが最後に示すドラマはやはり秀逸であるし、フランス映画全般に共通する映像の美しさは本篇においても健在で、雪景色をうまく活かした構図は、醜悪なゾンビたちを撮しながらも輝きを放っており、鮮烈な印象を留める。

 本篇の製作者たちがゾンビ映画をよく理解していることは十分に伝わるし、そこに繊細で奥行きのある感情表現とフランス映画らしい美しさを採り入れ、随所に工夫も施した本篇は、意欲作と呼ぶに相応しい。全般に、ロングショットの映像が粗いのがやや気になったが、いずれにせよゾンビ映画愛好家ならば観ておいて損はないだろう。

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