監督:細田守 / 脚本:奥寺佐渡子 / キャラクターデザイン:貞本義行 / OZキャラクターデザイン:岡崎能士、岡崎みな、浜田勝 / 作画監督:青山浩行、藤田しげる、濱田邦彦、尾崎和孝 / アクション作画監督:西田達三 / 撮影:増元由紀大 / 美術監督:武重洋二 / OZ美術デザイン:上條安里 / 編集:西山茂 / CGディレクター:堀部亮 / 色彩設計:鎌田千賀子 / 音響効果:今野康之 / 録音:小原吉男 / 音楽:松本晃彦 / 主題歌:山下達郎『僕らの夏の夢』 / 声の出演:神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、斎藤歩、横川貴大、信澤三恵子、谷川清美、桐本琢也、佐々木睦、玉川紗己子、永井一郎、山像かおり、小林隆、田村たがめ、清水優、中村正、田中要次、中村橋弥、入山法子、板倉光隆、仲里依紗、安達直人、諸星すみれ、太田力斗、皆川陽菜乃、富司純子 / 配給:Warner Bros.
2009年日本作品 / 上映時間:1時間57分
2009年8月1日日本公開
公式サイト : http://s-wars.jp/
九段会館にて初見(2009/07/17) ※試写会
[粗筋]
いったい何がきっかけでこんなことになったのか。
このお話の主人公・小磯健二(神木隆之介)は基本的には平凡な高校生に過ぎなかった。数学に秀でていて、数学オリンピックの日本代表選考にも名前を連ねたが結局は落選、この夏は世界規模で拡がり、人々の世界津を支えているネットワークシステム“OZ”の末端部分をメンテナンスするアルバイトで過ごすはずだった。
それが長野の田舎町に赴くことになったのは、先輩・篠原夏希(桜庭ななみ)に声をかけられたからだった。ほんの4日間、彼女の実家で手伝いをするだけ。かねてから夏希に憧れていた健二は、一緒にアルバイトをしていた友人・佐久間敬(横川貴大)とのジャンケン勝負を制し、この新たな仕事に飛びついた。
しかし、いざ現地に到着してから、初めて夏希から仕事の内容を知らされた健二は絶句する。どういうわけか夏希は親戚たちに「恋人がいる」という嘘をついており、夏希の曾祖母で陣内家の現当主・栄(富司純子)の90歳を祝う誕生日が済むまでの4日、結婚を誓った恋人を演じるのが健二の仕事だったのだ。
まるで城のように広壮な陣内の本家に集った親戚は20名を超え、その眼前で夏希の語った妄想設定――名家の出身で東大在学、しかもアメリカ留学経験あり、などという人物を演じるのはプレッシャーだったが、核家族として育ち、両親が多忙で一緒に過ごす時間も少なかった健二に大家族の喧騒は新鮮だった。また奇妙なことに、人を見る眼にかけては老いた今も信頼されている栄が、健二のことを一目で信用してしまったため、親類たちも彼を快く受け入れてくれる。困惑しながらも、健二はこの雰囲気を愉しんでいた――最初の1日だけは。
予兆は、深夜に突如、携帯電話に届いたメールだった。謎の数字の羅列に好奇心を掻き立てられ、朝までに解き明かした健二は満足して眠りに就く。しかし翌朝、陣内家のちびっ子たちに叩き起こされ、見せられたニュースで知ったのは、何と健二がOZのセキュリティを突破、大規模なハッキングを仕掛けて社会を混乱に陥れた容疑者扱いされている、という事実であった。
大いに動揺する健二。しかし、これが2日間に跨る大事件の単なる幕開けに過ぎないとは、彼本人含め、誰ひとり知るよしもなかった……
[感想]
小規模な公開が、高い評価に熱心なリピーターを得て全国規模へ、最終的に半年近いあいだロングランを続けた、近年の日本アニメ映画屈指の話題作『時をかける少女』の監督・細田守の最新作である。キャラクターデザインに貞本義行、脚本に奥寺佐渡子と同じスタッフを招き、近しいテイストを備えながらも、前作とは異なり完全なるオリジナルとして制作されている。
……とは言うものの、率直に言えば、構成要素はかなりありふれている。一元的なネットワークが世界的に発展したが故に発生する大事件、やがて訪れる本格的な世界の危機、成り行きでそれに立ち向かうことになる、少年少女含む主要登場人物たち。連ねてみれば、何かしら心当たりのある概要ばかりだ。
しかし、そこを如何に新鮮に、魅力的に見せられるかが製作者たちの手腕と言える。本篇の場合、こうしたお馴染みの要素をユニークに感じさせるために用いているのが、主人公たちがいるのが長野の片田舎であり、物語の中心人物がほぼ全員親戚同士、いわゆる大家族である、という要素だ。
ネットワークが絡んでくるとどうしても舞台は大都会にされがちだが、現実にはケーブルや電波を介して、かなりの領域にまでネットワークは拡がっている。本篇は現実よりも更にその版図を拡大させているが、ハイテクを用いた戦いの拠点がこんな長閑な土地に設定されたとしても、決して違和感はない。3DCGを駆使して描かれた無機的なネットワーク空間と、手によって描かれた長閑で温もりのある現実空間、この対比が本篇にユニークな雰囲気を齎している。
大家族、というモチーフはこの魅力を更に膨らませている。あまりに人数が多すぎて、観終わったあとでそれぞれの名前を思い出すのもけっこう困難だが、個性は確立されておりいずれも何らかの印象を残す。すべてではないし、効果の程度には違いがあれど、おおむね物語のなかで何かしら役立っているのもポイントだ。陽に灼けやたらと威勢のいい老体は、物語の戦闘部分でいちばん力を発揮する佳主馬(谷村美月)の背中を押す役割を果たす。核となる事件にまったく繋がってこない甲子園球児は、しかし物語の進行と思いっ切りシンクロした表情や戦いぶりを見せて笑いを誘う。そんな彼に一喜一憂する母親は、この非常事態に高校野球の予選大会の映像が随所に割り込むことを不自然に感じさせない。幼子たちや、夏希をこよなく愛する又従兄弟・職業警官などもいい具合に事態を掻き混ぜてくれる。このドタバタぶりが実に愉しく、それでいて物語の方向性を決して乱していない。
やがて明らかになってくる敵の正体とその強大さに、対抗する手段も様々に用意して、カラフルに愉しませてくれるのも見事だ。全般に力任せ、それぞれに得意分野で全力を尽くしているはずなのに、結局表面に浮かび上がっているのは根性論だ、というのは惜しく思われるが、実際のところ戦い方や理論をあまり仔細に語られても、却って物語の熱を冷ましスピード感を阻害してしまう。もう少し駆け引きが描かれていれば、という嫌味は拭えないが、選択として間違ってはいない。
いちばん重要なのは、娯楽映画、というより冒険を扱ったジュヴナイルとして、己の領分で全力を尽くし、事態を決着させるのは主人公である、という大前提をきっちり守っていることだ。だからこそこの作品は、かなり深刻で、大きな悲しみも待ち構えていながら、悲愴感などまるでなく、爽快に物語を締め括っている。
本職の声優ではなく、実写で活躍する役者たちを起用することについては否定的な意見が多いが、本篇の場合、少なくとも主人公・健二はいいキャスティングであると思う。予告篇ではぎこちなさが目立ったが、実際に観てみるとさすがに演技派の子役として慣らしただけあって見事に嵌っていた。クライマックスの絶叫など、思い出すたびに爽快感と愉快さを味わえる。
細かいところに疑問がないわけではない。いくらネットワークが進化しても、というより進化するからこそだが、ひとつのネットワークがあらゆる機関にアクセスできるような危険な状態にまで発展することはないだろうし、社会の混乱ぶりはいささか過剰に描きすぎている節はある。何より、『時をかける少女』の清澄で、切ない余韻を残す結末を記憶している人は、本篇のあまりに陽性な結末を肩透かしと感じるかも知れない。
だが、悪人不在の、文字通りの大団円の爽快感は、『時をかける少女』と比較して決して劣るものではない。むしろ、過程の随所に鏤められた、ただただ愉しい場面の数々を裏切ることのないこの結末以上に、本篇に相応しいものはないだろう。
子供騙しではない筋立て、でも決して晦渋ではない。友達同士でもひとりでも、家族連れでも問題なく楽しめる、折り紙付きの娯楽映画である。夏休み、1本ぐらい映画を観ておきたいけどどれがいい? と問われたなら、まずこれをお薦めする。
関連作品:
『時をかける少女』
コメント
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