原題:“Hush” / 監督・脚本:マーク・トンデライ / 製作:ゾーイ・スチュアート、ロビン・グッチ、マーク・ハーバート、コリン・ポンズ / 製作総指揮:ピーター・カールトン、ウィル・クラーク、リジー・フランク、ヒューゴ・ヘッペル / 撮影監督:フィリップ・ブローバック / プロダクション・デザイナー:マット・ガント、サビーヌ・ヴィー / 編集:ヴィクトリア・ボイデル / 衣装:ランス・ミリガン / キャスティング:デス・ハミルトン / 音楽:テオ・グリーン / 出演:ウィル・アッシュ、クリスティン・ボトムリー、アンドレアス・ウィズニュースキー、クレア・キーラン、スチュアート・マックァリー、ロビー・ギー、ピーター・ワイアット、シーラ・リード、ショーン・ディングウォール / ワープX/フィアーファクトリー製作 / 映像ソフト発売元:角川映画
2009年イギリス作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:?
2009年10月23日DVD日本盤発売 [bk1/amazon]
公式サイト : http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/hush/
DVDにて初見(2009/11/12)
[粗筋]
イギリス、雨の降りしきる高速1号線。ゼイクス(ウィル・アッシュ)の運転する車の中は険悪な空気が垂れこめていた。作家志望だが未だきちんと作品を完成させられず、いまはサービスエリアのポスターを貼り替える仕事をしている彼は、1年前から恋人ベス(クリスティン・ボトムリー)と同棲する約束をしているのに、未だ果たせずにいる。万事はっきりしないゼイクスにベスは嫌気を覚えており、明らかに気持ちは離れていた。
一触即発のまま高速を走っている最中、ゼイクスはスピードを落としたとき、追い抜いていったトラックの荷台に、思いがけないものを目撃する。乱暴な車線変更のために軽く開いたシャッターの隙間から垣間見えたのは、檻に閉じ込められ、悲痛な声で助けを求める、全裸の女。
ゼイクスは警察に通報するだけで済ませようとしたが、ベスは「見つけたのなら何とか助けるべきだ」と追いかけることを主張する。しかしゼイクスはけっきょく、最後のサービスエリアで高速を離れ、トラックをやり過ごしてしまった。ゼイクスはポスターの張り替えを行い、そのあいだ喫茶室で休んでいたベスは別れを決意し、サービスエリアに残ると言い出す。
車に戻ったゼイクスは、だが近くの駐車場に、あのトラックが駐まっているのを発見した。中を探ろうとしたものの、間もなく運転手が戻ってきたために、コンテナに何が隠されているのか確認は出来なかった。ふたたび車に乗ったゼイクスは、窓に残されたベスの落書きを見つけた瞬間、不安に襲われてサービスエリアの建物に戻っていく。
――ベスの姿は、何処にもなかった。
[感想]
見るからに低予算の映画である。舞台は高速、サービスエリア、山中の一軒家に最後の追いかけっこの舞台、とかなり目まぐるしく入れ替わるが、セットはほとんど用いられていないのが察せられる。出演している俳優はほぼ無名だし、大半がハンディ・カメラで撮影されているのも趣向以上に予算の必然という印象を受ける。
しかし、そうして大幅に制約を受けている中で、実にうまくサスペンスを醸成した作品である。観客も何を見たのか確信を持てないほど一瞬の映像で取っかかりをもたらすと、その具体像も見えぬままに中心となる恋人ふたりの確執を描く。それが突然、女性が姿を消し、にわかに再会したトラックが去っていったところから急速に剣呑な気配を帯びていく。上に記した粗筋のあと、ある出来事が理由でゼイクスはサービスエリアの警備員に放り出されるのだが、そこから派生した出来事がゼイクスを更に追い込んでいく。意外な要素が意外な形で絡んでいき、予測不能に展開していく様は、決して派手ではないが惹きつける力が強い。
ハンディ・カメラ主体にすることで生まれた自由度を活かした見せ場が随所にあったり、絵的な工夫が多いことも自然と目を惹く。夜の高速道路、どちらかと言えば閑散とした場所ばかりを扱っているのだが、構図や光の加減を調整することで、不思議なスタイリッシュさを感じさせる。
巧妙なのは、主人公であるゼイクスと恋人ベスとの軋轢を丁寧に描き出し、ストーリーと重ね合わせる一方で、肝心のトラックに乗った犯罪者の背景についてはほとんど描いていない点だ。目的は何なのか、追ってきたゼイクスをどうする気なのか、具体的に示す場面はない。ゼイクス以外の視点によって間接的に見せてはいるが、実態は解らない。だからこそ意外で、緊迫感のある筋回しが成り立っているのだ。
ただ物足りない点も多い。相当に予算が抑えられているからか、それとも意識してやっているのか、こういう題材にしては存外、ショッキングな描写というものは少ない。部分的にえぐい場面はあるが本当に指で数えられる程度だし、何箇所かで描かれる緊迫した追跡劇でも、決してショッキングな演出は用いていない。舞台そのものの寂しさも手伝って、全般に地味な印象は免れない。
締め括りも呆気ない上に、そのあと“犯行現場”を辿る補足もないので、事件の全体像が最後まで解らずじまいだ、という点にも不満を抱く人はあるだろう。だが、実際に事件に巻き込まれる人物の視点に極力絞り込んで描いたサスペンスとしてはかなりの完成度に仕上がっているし、少なくとも観ているあいだ、ジリジリとした緊張感を存分に味わうことが出来る。
事件を目撃したことで巻き込まれ、恐怖に晒されていく登場人物、というシチュエーション自体はありきたりだが、それを高速道を中心に終始移動を繰り返す形で描いたり、関係者の巧みな配置で見せるあたりはなかなかのアイディアだ。カタルシスも備えながら、伏線を踏まえたうえで僅かに厭な後味を留めるラストシーンもなかなかに効いている。
二度三度と観たくなる作品ではないが、一度目の緊張、恐怖をきっちりと堪能させてくれる、丁寧な小品である。
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