原題:“Sherlock Holmes” / 監督:ガイ・リッチー / 脚本:マイケル・ロバート・ジョンソン、アンソニー・ペッカム、サイモン・キンバーグ / 原案:ライオネル・ウィグラム、マイケル・ロバート・ジョンソン / キャラクター創造:アーサー・コナン・ドイル / 製作:スーザン・ダウニー、ダン・リン、ジョエル・シルヴァー、ライオネル・ウィグラム / 製作総指揮:ブルース・バーマン、マイケル・タドロス / 共同製作:スティーヴ・クラーク=ホール / 撮影監督:フィリップ・ルースロ,AFC/ASC / 美術:サラ・グリーンウッド / 編集:ジェームズ・ハーバート / 衣装:ジェニー・ビーヴァン / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:ロバート・ダウニーJr.、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムス、マーク・ストロング、ケリー・ライリー、エディ・マーサン、ジェームズ・フォックス、ハンス・マシソン、ウィリアム・ホープ、ブロナー・ギャラガー、ジェラルディン・ジェームズ、ロバート・メイレット / シルヴァー・ピクチャーズ製作 / 配給:Warner Bros.
2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間9分 / 日本語字幕:アンゼたかし
2010年3月12日日本公開
公式サイト : http://www.sherlockholmes-movie.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/03/12)
[粗筋]
時は19世紀末、場所はロンドン。路地深くにある屋敷に潜入し、その地下で黒魔術の儀式に耽るブラックウッド卿(マーク・ストロング)を襲撃したのは、ロンドンにその名を轟かせる稀代の名探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニーJr.)とその頼もしき助手ジョン・ワトソン医師(ジュード・ロウ)。既に5人の女性を手にかけていたブラックウッド卿は死刑が確実であったが、それを承知しながらも、極悪な犯罪者はホームズに対して不敵な笑いを浮かべてみせるのだった。
しかし、当のホームズは、解決済みの事件について思い煩う余裕はなかった。それよりも彼を悩ませているのは、ワトソンの変心である。家庭教師のメアリー(ケリー・ライリー)との結婚を機に、ホームズと共に下宿していたベイカー街221Bのアパートを出ていくというのだ。ホームズはふて腐れて部屋に立てこもり、ワトソンはそんな彼を早く次の事件に着手するようけしかけ、独り立ちすることを望んだ。
ホームズの考えとは裏腹に、ブラックウッド卿の事件は終わっていなかった。投獄された卿は看守に呪いをかけた、と言ってホームズを呼び出し、たとえ死刑になっても自分は蘇る、とうそぶいてみせる。ホームズは取り合わなかったが、世間は震撼し、ブラックウッド卿の不気味な行状に関する噂が黒雲のように拡がり、ロンドンを覆っていった。
やがてブラックウッド卿は絞首台の露と消えた――はずだったが、間もなく彼が葬られた墓地へと、ホームズたちが呼び寄せられた。墓守が、墓の中から蘇ってきた、というのである。言葉通り、墓は内側から加えられたと思しい力によって砕かれ、柩の中には別の屍体が収まっていた。
ホームズには、柩の中に収められていた屍体に、見覚えがあった。それは奇しくも、部落ウッド卿復活と同じ朝、彼の部屋に潜入してきた、アイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)に託された写真に映っていた男だったのである。女性ながら優れた腕を持つ盗賊であり、ホームズに一度ならず煮え湯を飲ませ、かつホームズが唯一愛した異性であるアイリーンは、訳あって彼に、失踪した人物の捜索を依頼したのだ。
果たして、死者が蘇るなどということがあるのだろうか。そして、アイリーンがホームズに人捜しを頼んだ真意とは? かくして、ホームズは死刑台から復活を遂げたブラックウッド卿とふたたび対峙することとなる……
[感想]
アカデミー賞にも3冠に輝いた大作『アバター』と同時期に公開されたために、どうしても影が薄くなってしまったが、本篇はアメリカでの興収でダブルミリオンを達成しており、他の時期であれば何回か週末興収のトップを獲得していても不思議ではないヒット作である。監督のガイ・リッチーは長篇第1作『LOCK, STOCK & TWO SMOKING BURRELS』で注目され、ブラッド・ピットなどビッグ・ネームを配した『スナッチ(2000)』は日本でもヒットとなったが、当時の妻マドンナを主演に起用した『スウェプト・アウェイ』以降、発表のペースが落ち低迷の印象が拭えなかったが、2008年発表の『ロックンローラ』でようやく復活の兆しを見せたあとでの大ヒットであるだけに、ほぼ全作追ってきた私としては感慨深く、日本上陸を待ち焦がれていた1本であった。
だが、いざ本篇を鑑賞してみると、興収的には復活と言えるが、出来映えという意味ではガイ・リッチー監督完全復活とはいかなかったように思う。
脚本が監督本人ではない初めての作品、ということも影響しているのかも知れないが、どうも全体に話運びが雑然としている。シャーロック・ホームズという人物は常に驚異的な洞察力と推理力を働かせて、余人の想像もつかない行動に及ぶ傾向にあるキャラクターなので、しばしば接する側が戸惑わされるのは普通に考えられることだが、本篇の場合はホームズに限らずしばしば行動の意味が咄嗟に理解できず、観ていて困惑する。多くはあとで説明がつくとはいえ、こうしたパターンがあまりに頻繁であるため、そのせいで全般にだれてしまうのだ。実のところこの、パターン化したことで次第に倦む、という欠点はガイ・リッチー監督が初期から孕んでいたものなのだが、脚本が監督以外の手によるものになったことと、冒険ものよりとはいえベースが謎解きであるために、余計構成のぎこちなさが際立って、悪い意味での解りづらさに繋がっているようだ。
もしこれが結末で大どんでん返しや大きなカタルシスに繋がっていく趣向であれば、中盤が多少だれていても印象は改善するものだが、生憎と本篇はそういう類ではない。一応仕掛けはあるものの、大きな逆転があるわけではないし、むしろ論理展開がいささか強引すぎて、すぐに納得できないために却って爽快感を損なっている。そもそも前述の、すぐに呑みこみにくい展開自体はこの結末にあまり奉仕していないのだから尚更だ。
加えて、編集のテンポもぎこちなく、もっさりとしている。恐らくは、セットやCGを多用して作りあげた19世紀末ロンドンの風景をなるべく見せたかった、という意思の表れなのだろうが、従来のガイ・リッチー監督ならもっと早く刻んでいるところを幾分長く見せているせいで、全般に間延びしてしまったのではないか。もっと脚本を整頓し、1時間40分ぐらいで解りやすく処理していればもっと面白い作品になったように思われる。
――と、否定的見解を並べ立てたが、しかし決して悪い作品ではない。特に、シャーロック・ホームズとジョン・ワトソンというコンビについて、原作の描き方に敬意を払いながらアレンジを施しているのには好感が持てる。
もともと原作のホームズにも武術の達人という設定は存在するが、彼のキャラクターや事件の内容のためにあまり描かれていなかったものを、敢えて踏み込み武闘派とすることで、作品をうまく活劇に仕立て上げている。またその洞察力の高さ、推理の鋭さを駆使して、随所で他の登場人物の言動に先回りして、意外な筋立てにしているのも魅力だ――そこで整頓が行き届いていないのが惜しまれる点であるが。鳥打ち帽も被っていない、コート姿でもないホームズというものに違和感を抱く人もいるかも知れないが、実はコナン・ドイルの小説にはあまり描写されていなかったものが、挿絵によってイメージが固着した、という経緯があるようで、そこをとやかく言うのはさすがに間違いだろう。
ワトソンの人物像もまた意外に感じられるが、しかしこちらももともと軍人であったことを思えば、ある程度肉体派として描かれてもおかしくはない。ホームズよりも社交的な人物であったことを思えば、奇矯な言動の上にしばしば引きこもりがちになる友人を諭すのも自然な成り行きだ。
だが何と言っても、このふたりのやり取りが実に素晴らしい。双方共に幾分暴力的にはなっているが、皮肉をふんだんに交えつつ互いに敬意と配慮を施しているのが感じられる応酬は、それだけでもなかなかに見応えがある。特に、結婚を機に出て行こうとするワトソンに対して、ひねくれたやり方で不平をこぼすホームズの様子が、さながら駄々っ子のようで可笑しい。
残念なのは、このところガイ・リッチー作品の常連となり、出来の悪かった『リボルバー』において突出した存在感を示していたマーク・ストロングが、ホームズと直接対決する悪役としてはいまひとつオーラを発揮しきれていないことだが、これはやはり脚本のまとまり、説得力に責任があるだろう。もし彼以外が演じていたら、更に印象は薄くなった可能性がある。
もっと洒脱に、もっとテンポよく、を心懸けていれば、更に大勢を満足させる傑作活劇になっただろうに、と惜しまれるが、しかしそれは私がガイ・リッチー監督に強い思い入れがある上に、シャーロック・ホームズという、あまりに有名なキャラクターと世界観を用いているがゆえの高すぎる期待のせいだろう。少なくとも探偵冒険活劇として充分よく練り上げられているし、魅力のある作品に仕上がっているのは間違いない。大ヒットを受けて、既に続篇の製作が進められているという噂だが、ガイ・リッチー監督のセンスがよりいっそう輝く作品になっていることを願いたい。
関連作品:
『LOCK, STOCK & TWO SMOKING BURRELS』
『リボルバー』
『ロックンローラ』
コメント
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