『ハート・ロッカー』

『ハート・ロッカー』

原題:“The Hurt Locker” / 監督:キャスリン・ビグロー / 脚本:マーク・ボール / 製作:キャスリン・ビグローマーク・ボール、ニコラス・シャルティエ、グレッグ・シャピロ / 製作総指揮:トニー・マーク / 撮影監督:バリー・アクロイド,BSC / 美術:カール・ユーリウスソン / 編集:ボブ・ムラウスキー、クリス・イニス / 衣装:ジョージ・リトル / キャスティング:マーク・ベネット / 音楽スーパーヴァイザー:ジョン・ビゼル / 音楽:マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース / 出演:ジェレミー・レナーアンソニー・マッキー、ブライアン・ジェラティ、レイフ・ファインズガイ・ピアースデヴィッド・モースエヴァンジェリン・リリー、クリスチャン・カマルゴ / ヴォルテージ・ピクチャーズ/ファースト・ライト/キングスゲート・フィルムズ製作 / 配給:Broadmedia Studios

2008年アメリカ作品 / 上映時間:2時間11分 / 日本語字幕:菊地浩司 / PG12

第82回アカデミー賞作品・監督・脚本・主演男優賞・撮影・編集・音楽・音響効果・録音部門候補作品

第82回アカデミー賞作品・監督・脚本・撮影・音響効果・録音部門受賞作品

2010年3月6日日本公開

公式サイト : http://www.hurtlocker.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2010/03/12)



[粗筋]

 2004年夏、イラクバグダッド。爆発物処理班ブラボー中隊の、任務明けが近くなったある日、彼らを思いがけない不運が見舞った。

 使用している遠隔操作ロボットにトラブルが生じ、爆発の衝撃をコントロールするための起爆装置を、爆発物処理の専門家であるトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)が自ら設置することになった。さほど危険のない任務かと思われたが、僅かな見落としのために爆発物が作動し、爆風を至近距離で浴びたトンプソン軍曹は還らぬ人となる。

 すぐさま代わりに送りこまれてきたのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)。アフガニスタンにも駐留経験があり、既に800を超える爆薬の解体経験があるという彼は、着任早々驚くべき行動力を示した。遠隔操作ロボットを用いることなく、防爆スーツを身につけて爆発物に接近すると、瞬く間に解除してしまう。

 だがジェームズのやり口は、任務解除を控えたサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)を困惑させる。爆発物処理に携わる兵を守ることが彼らに課せられた任務だが、しばしば現場で無線を外して作業に没頭するジェームズの態度に、エルドリッジは動揺し、サンボーンは苛立ちを顕わにした。

 それでも、任務は続く。あるときは砂漠で、あるときは市街地で――イラクのあらゆる場所に、彼らの最前線が展開していた……

[感想]

 近年の戦争映画は、主題がいささか重くなりすぎる傾向にある。いたずらに長引き、意義も見いだせない戦争が続くなかで、茶化したような作品も、悩みのないような作品も作りづらくなっているからかも知れない。

 そういう観点からすると、本篇は少し趣が違っている。無論、“軽い”とはとうてい呼べない――何せ冒頭からいきなり迫力の爆発シーンがあり、人命がひとつ奪われている――内容なのだが、本篇の語り口にはのっぴきならない緊張感と同時に、奇妙な洒脱さが感じられる。爆発物を前に卑猥な単語を並べ立てる隊員たち、仲間の死を悼む暇もなく増員され、その破天荒な作法に振り回される展開には、無為に人を殺めねばならないという悲愴感もなければ、国や多くの人命を背負っている、という重みもない。

 多くの兵士たちはそんな軽い心境で戦地に送りこまれている、という実態をも反映しているのだろうが、しかし本篇の場合、その責任感の薄さ――というより、極度に整理され単純化された義務感の背後に、絶え間なく命のやり取りを繰り返す者たちの避けがたい変質と懊悩とが見え隠れする。

 基本的には、爆発物やそれに付随する戦闘シーンのみで構成され、ドラマ性は最小限に絞られているが、その凝縮具合は秀逸だ。僅か3名のブラボー中隊のやり取り、細かな描写に、決して派手ではないが複雑で深刻な彼らの苦しみが透き見える。詳しくは記さないが、お定まりの家族や恋人を巡る背景の仄めかし方、扱い方にも工夫を施しているのだ。

 特に実質的な主人公であるジェイムズ二等軍曹の家族との関わり方や、それを象徴するかのような基地における行商の少年との交流は、地味だが考えるほどに衝撃が強い。見ようによっては単なる笑い話だが、この僅かな描写の中に、戦場で少しずつ人間性を損なっていくこと、それをどうしようもなく恐れる兵士たちの心情が実に生々しく抉り取られている。ジェイムズがベッドの下に保管している私物を表した言葉がそこに呼応して、強烈な痛々しさを感じさせるのだ。なまじ描写が少ないからこそ、この巧さは際立っている。

 そして恐るべきは、そうした細部を検証する気はなくとも、観る者を強烈に惹きつけ、戦場へと誘う臨場感の見事さだ。意外なほど爆発シーンは少ないが、その分、いつ関係者を大量に消し去る轟音が鳴り響くか、という緊張感が全篇に漲っている。この緊張感に何よりも奉仕しているのが、圧倒的な臨場感を演出する音響である。爆発物処理班が直面している危機とは関わりなく頭上を行き交う戦闘機の爆音に、遠くから断続的に響く銃声、そして常に轟く砂漠特有の強風。中東の戦地に赴いた経験のない者にも、まざまざとその凄惨な空気を感じさせる音響効果の完成度は逸品である。第82回アカデミー賞では音響効果及び録音部門を獲得しているが、それも宜なるかな、と感じる。

 この驚異的な表現力、息を呑む緊張感が、本篇を単純にエンタテインメントとしても高質の作品に仕立てている。テーマ性に関心がなくとも魅せてしまう、というのは、しかし奥行きのある題材を扱ううえで強みとなる。1個1個の爆発物を巡る出来事は連携せず、単独で存在しているが、だからこそ表面的にも主題的にもその“軽さ”を印象づけているのだ。

 エンタテインメントとして鑑賞していると、いささか呆気ないクライマックス、そして予想通りの結末に拍子抜けするかも知れない。だが、それでもそこに、主人公の飄然とした格好良さと同時に、虚無的な内面を強く感じるはずだ。

 娯楽としても鑑賞でき、それでいて戦争というものの看過できない影響力を厭というほど感じさせ、確実に観る者の胸に何かを刻みこむ、掛け値無しの傑作である。洒脱な軽さを感じさせながらも、本質の重みを損なわない、こんな映画はそうそう現れない。

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コメント

  1. […] […]

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