『ぼくのエリ 200歳の少女』

『ぼくのエリ 200歳の少女』

原題:“Lat den Ratte Komma in” / 英題:“Let the Right One in” / 原作・脚色:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『モールス』(ハヤカワ文庫NV・刊) / 監督:トーマス・アルフレッドソン / 製作:ヨン・ノードリング、カール・モリンデル / 撮影監督:ホイット・ヴァン・ホイットマ,nsc,fst / 美術:エヴァ・ノーレン / 衣裳&ヘアメイク:マリア・ストリード / 編集:トーマス・アルフレッドソン、ディノ・ヨンサーテル / 作曲:ヨハン・ソーデルクヴィスト / 出演:カーレ・ヘーデブラント、リーナ・レアンデション、ペール・ラグナル、ヘンリック・ダール、カーリン・ベリィクイスト、ペーテル・カールベリ、イーカ・ノード、ミカエル・ラーム、カール=ロベルト・リンドグレン、アンダーシュ・テー・ペードゥ、パレ・オロフソン / 配給:Showgate

2008年スウェーデン作品 / 上映時間:1時間55分 / 日本語字幕:伊藤幸子 / PG-12

2010年7月10日日本公開

公式サイト : http://www.bokueli.com/

銀座テアトルシネマにて初見(2010/07/10)



[粗筋]

 スウェーデン郊外の街で、母と2人で暮らすオスカー(カーレ・ヘーデブラント)にとって、学校は楽しい場所ではなかった。同級生コンニにブタ呼ばわりされていじめられるオスカーは、隠し持ったナイフで彼を屈服させる日をただ夢想するばかりだった。

 ある日、オスカーの隣の部屋にひとりの少女が越してきた。夜の中庭で、コンニに報復するときのことをシミュレーションしていた彼の背後にふらりと現れた彼女は、逢うなりオスカーにこう釘を刺した。「あなたとは友達になれない」

 だが、少女の佇まいに何かを感じたオスカーは、ふたたび夜の中庭で彼女を待った。彼の持っていたルービックキューブに興味を示した彼女――エリ(リーナ・レアンデション)に、オスカーは快く貸しわたす。

 そうしてオスカーがエリと少しずつ交流を深めていくなか、町では陰惨な事件が繰り返されていた。林の中で若い男が、逆さ吊りにされ血を抜かれた姿で発見されたのを皮切りに、行方不明と怪事件が相次いでいる。

 やがてオスカーは知ることとなる。一連の事件とエリとの関係に秘められた、彼女の業を。

[感想]

 本篇の日本公開を心待ちにしていた映画ファンは決して少なくないはずだ。とりわけホラー、ひいては吸血鬼をテーマにした作品を愛好する向きなら尚更だろう。なにせ、近年に入って製作された吸血鬼映画のベストである、という評判が立つほどだったのだから。

 先に断言しておくと、その評価はまったく大袈裟なものではない。今後、これを超えるのは難しい、とまては言わないが、ひとつの里程標の役割を果たすだろう、というくらいは断定してもいい。

 吸血鬼というモチーフが定番化したものなのだから当然ではあるが、描かれているものひとつひとつは決して斬新なものではない。雪景色のなかを暗躍する吸血鬼、という描写はつい最近『30デイズ・ナイト』でももちいられたばかりだし、吸血鬼の特性に何か新しいものを付け加えている訳でもない。

 本篇はむしろ、最近は軽んじられがちである吸血鬼の特性をきちんと押さえ、それを現実にうまく嵌めこんでいることこそ、作品の価値と魅力を高めているのだ、と思う。

 一般に、吸血鬼は妖怪のエリートであったり、富裕層の人間に化けて、或いはその中に溶け込んで優雅に生きている、といったイメージがまとわりついている。それは少々大袈裟としても、闇にひそみながらも気高さを貫いている、というのが一般的なイメージだろう。

 だが本篇のエリの生き様は、かなり不格好だ。労働者が多く暮らす団地に転居し、獲物の捕らえ方も洗練されていない。パートナーが捕獲に失敗し飢えに苦しめられると、幼い外見を用いて狩りを行う。

 しかし、もし吸血鬼が、巷間に知られた特性を備えているとすれば、エリのようなやり方で生き延びようとするのは極めて自然だ。この熟考したうえで築かれた、人間界の闇をさすらう吸血鬼の肖像のリアリティこそ、本篇にオーソドックスでありながら新鮮、という奇妙な印象を添えている。

 特に、最近の吸血鬼もので無視されがちなある特性を、物語全体の結びつけて利用しているのが絶妙だ。この工夫によって本篇は、吸血鬼というモチーフを熟知し、敬意を払いながら巧みに活かしてホラー、或いは怪奇映画として高い完成度を示しながら、秀逸なボーイ・ミーツ・ガールの物語である、という稀有な二面性を備えることに成功している。

 実際問題としてエリは“少女”とは呼びがたく、オスカーとのあいだに築かれる絆は愛情とも友情とも異なるように思われる。しかし、だからこそ描かれる交流、そこに漂う情感は唯一無二の美しさをたたえるに至っているのだ。しかも、それぞれの境遇や心情描写に、北欧の冷たく乾いた冬景色が非常に似合っている。舞台も時も、最上のものを選択し、佇まいは完璧に等しい。

 ただひとつ、重要なモチーフのひとつであるモールス信号が、いささか唐突に現れているのがちょっと勿体なく思える。どうやら原作小説はもっと詳細に描かれているようで、省略された部分にモールス信号に着目した理由が記されていたのかも知れないが、何とかもう少し織り込んで欲しかった。

 だが、この程度は軽い瑕でしかない。定番である“吸血鬼”というモチーフを丁寧に掘り下げ、本来の様式に忠実でありながら、清新さを感じさせる仕上がりを達成した本篇は、紛うかたなき傑作である。吸血鬼を題材にした映画を愛好する人が観ても、異形のものを扱った怪奇映画を好む人が観ても無論のこと、決してそうしたジャンルや主題にこだわりを持たない観客が観ても、充実感を味わえるはずだ。

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コメント

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