『クレイマー、クレイマー』

『クレイマー、クレイマー』

原題:“Kramer VS. Kramer” / 原作:アヴェリー・コーマン / 監督&脚本:ロバート・ベントン / 製作:スタンリー・R・ジャッフェ / 撮影監督:ネストール・アルメンドロス / プロダクション・デザイナー:ポール・シルバート / 編集:ジェラルド・B・グリーンバーグ / 衣装:ルース・モーリー / キャスティング:シャーリー・リッチ / 音楽:ヘンリー・パーセル / 出演:ダスティン・ホフマンメリル・ストリープジャスティン・ヘンリー、ジョージ・コー、ジェーン・アレクサンダー、ハワード・ダフ、ジョベス・ウィリアムズ / 配給:COL / 映像ソフト発売元:Sony Pictures Entertainment

1979年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:野中重雄

1980年4月5日日本公開

2010年4月16日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2010/10/07)



[粗筋]

 テッド・クレイマー(ダスティン・ホフマン)にとって、それは青天の霹靂としか言いようのない出来事だった。長い時間をかけて詰めてきた契約が遂に成立し、彼の直接のボスである副社長からは重役昇進を持ちかけられた。この最高の報せを持ち帰り、喜びを共有しようとした妻ジョアンナ(メリル・ストリープ)に、別れを突きつけられたのである。

 動揺し、引き留めようとするテッドを頑なに拒み、ジョアンナは8年間を共に過ごしたアパートを出て行った。突然の出来事に呆然とする暇は、テッドにはなかった。仕事が正念場を迎えているうえに、彼とジョアンナとのあいだには、7歳になる息子のビリー(ジャスティン・ヘンリー)がいる。食事の用意に洗濯、学校への送り迎え、他の家族との交流……やるべきことは毎日山積していた。副社長はビリーを親戚に預けることを提案するが、テッドは意地で我が子と暮らし続ける道を選ぶ。

 最初は母を恋しがり、家事も子供の面倒も不慣れなテッドとの触れ合いに刺々しくなっていたビリーも、時を重ねるにつれてテッドとのふたり暮らしに馴染んでいった。同じアパートの住人で、離婚を経験しているマーガレット(ジェーン・アレクサンダー)の助けもあって、テッドも少しずつ家庭を維持する術を学んでいく。

 数ヶ月も経つと、母親のいない家庭も次第に様になっていったが、一方でテッドの仕事ぶりは、ジョアンナが出て行く前に較べ、明らかに精細を欠いていく。遅刻が増え、クライアントを怒らせることも一度や二度ではなく、彼を高く買っていた副社長でさえ、テッドの振る舞いに苛立ちを見せるようになる。

 そんなある日、別れのときと同じくらい唐突に、ジョアンナから連絡が入った。久々の再会に喜んだのも束の間、ジョアンナはテッドのもとに戻ったわけではなかった。ジョアンナは、自分がビリーを育てたい、と言い出したのだ……

[感想]

 離婚、シングルファザー、といったテーマはすっかりハリウッドのみならず、先進国の映画では定番のものになっているが、もしかしたらこの題材を最も完璧に描ききったのが本篇なのかも知れない。

 非常にオーソドックスに見えるのだが、それはこの題材から抽出できる状況や情動を、ほとんど隙もなく拾い集めているからだろう。突然棄てられて呆然とし、にわかに背中にのしかかってきた家事という重荷に翻弄され、理解しきっていなかった我が子との不和に悩み。それを乗り越えていく過程での変化やドラマも、精査して絞りつつツボを押さえて拾い集めてあり、さながら「痒いところに手が届く」といった趣だ。

 基本的に派手なシチュエーションはまったく、と言っていいほどにない。終盤における、ジョアンナが原告となっての裁判――原題が“Kramer VS. Kramer”たる所以だ――や、この一大事にテッドが見舞われる出来事、そしてその手前でビリーが怪我をする場面など、事件は起こるのだがそれはあくまで変化のきっかけに過ぎない。本篇のコクはひたすらに、その繊細な表現、演技の数々にこそある、と言っていいだろう。前述の、離婚に関する出来事を丁寧に抽出していることもそうだが、その端々の描写がのちのち反復され、鮮烈な印象を齎す。たとえば、ビリーの通学路の何気ない情景は、妻との再会を機に意外な光景を繰り広げ、テッドが我が子の成長を公園で見守るひと幕は、のちに妻との面会に向かう息子を見送る場面に重なっていく。

 特に素晴らしいのは、フレンチトーストのくだりである。作中、実は2回しか登場しないのだが、この僅か2度のやり取りに籠められた情報、感情の豊かさは圧倒的で、いっそ“ズルい”と言いたくなるほどだ。いちどあのシーンを見たが最後、フレンチトーストを見るたびに涙腺が緩んでしまう、という人もあるのではないか。

 いずれも非常に地味な描写だが、公開当時、多くの賞に輝いたダスティン・ホフマンメリル・ストリープ、また2人の友人マーガレットに扮したジェーン・アレクサンダーの名演にも支えられ、その味わいを深めている。観終わったあと、幾つものシーンが繰り返し脳裏に蘇っては、ふたたび心を揺さぶる。

 こうした重い題材を扱いながらも、終始軽妙さを留め、深刻さよりも悲哀に彩られた滑稽さを湛えているのも、本篇の稀有な点だろう。リアルであり、きちんと実感を以て描写を積み重ねているからこそ、観客の記憶や経験と混ざり合って、痛々しくも快い感覚に繋がっている。

 個人的にひとつだけ引っ掛かったのは結末である。あそこはもうひとつ厳しくても良かったのではないか。ただそれは、本篇以降幾たびも同様の主題を持つ作品が生まれ、触れてきたからこそ感じる嫌味であり、決して問題があるわけでも、不愉快なわけでもない。心情描写が丹念であるからこそ、この美しい幕引きにも説得力が備わる。

 今後も、離婚や家族の再構築、といった題材を扱う映画は多く作られるだろう。インターネットや携帯電話の普及によって、そうした問題を孕む過程の描き方も変わってきているし、今後も少しずつ変化を続けるに違いない。だが、たとえどれほど多くの作品が現れようとも、こうした主題に基づき作られる映画のなかで、本篇は金字塔としてその輝きを保ち続けるはずだ。

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