『クレイジーズ』

『クレイジーズ』

原題:“The Crazies” / 監督:ブレック・アイズナー / オリジナル脚本:ジョージ・A・ロメロ / 脚本:スコット・コーサー、レイ・ライト / 製作:マイケル・アグィラー、ロブ・コーワン、ディーン・ジョーガリス / 製作総指揮:ジョージ・A・ロメロ、ジェフ・スコール、ジョナサン・キング / 撮影監督:マキシム・アレクサンドル / プロダクション・デザイナー:アンドリュー・メンジース / 特殊メイク:ロバート・ホール / 編集:ビリー・フォックス / キャスティング:ジョン・パプシデラ / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:ティモシー・オリファントラダ・ミッチェルジョー・アンダーソンダニエル・パナベイカー、クリスティー・リン・スミス、ブレット・リッカビー、プレストン・ベイリー、ジョン・アイルウォード、ジョー・リーガン、グレン・モーシャワー、ラリー・セダー / 配給:Showgate

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:中川綾 / PG12

2010年11月13日日本公開

公式サイト : http://crazies.jp/

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2010/11/16)



[粗筋]

 アメリカ、アイオワ州ピアス郡にある小さな街オグデンマーシュ。住人の大半が互いに顔見知り、というこの街で、あり得なかった事件が立て続けに発生する。

 最初は、高校生たちの野球場。学生達が試合をしているただ中へ、ショットガンを携えた男が現れる。居合わせた保安官のデヴィッド(ティモシー・オリファント)は制止するが、逆に銃口を向けてきた彼を、やむなく射殺する。

 罪悪感が薄れる暇もなく、翌る日にはまた惨劇が起きた。日中、様子がおかしいとディアドラ(クリスティー・リン・スミス)の手でデヴィッドの妻・ジュディ(ラダ・ミッチェル)が経営する診療所に連れてこられたビル(ブレット・リッカビー)が、その日の夜に家に火を放ち、ディアドラと我が子とを焼き殺してしまう。

 拘留したビルが異様な態度を示すなか、今度は河で屍体が発見された、という報にデヴィッドは駆り出された。パラシュートの巻き付いた遺体と、そのすぐそばに墜落した飛行機が沈んでいるのを発見すると、デヴィッドは一連の事態の原因をうっすらと察知する。飛行機の沈んだ河の水は、給水場を経由して各家庭に飲み物として分配される。給水場にいちばん近いのが、デヴィッドが殺害した男の家だった。

 デヴィッドは保安官補佐のラッセル(ジョー・アンダーソン)の制止も聞かず、給水場のバルブを締めてしまう。それから保安官事務所に戻ったデヴィッドたちは、だがそこで、更なる異変が街に起きていることを悟る。

 ――街は、異様な静けさに包まれていた。

[感想]

 ある特異な症状の爆発感染により、一定規模のコミュニティ(ものによっては世界規模)がパニックに見舞われる、というタイプのホラーは多い。作品によって症状、現象は様々だが、その定番は“ゾンビ”と言い切っていいだろう。決して現実にはあり得ないシチュエーション、死というトリガーで人間がモンスターに変貌する、という古典的ホラーにも通じる趣向がドラマ性を強めることもあって重用されている、とも考えられるが、この題材が爆発的に普及した背景には、第一人者ジョージ・A・ロメロ監督と、彼が発表した諸作の存在が影響しているのは間違いない。

 そのジョージ・A・ロメロ監督が、第1作『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』と第2作『ゾンビ』とのあいだに撮った作品をリメイクしたのが本篇である。

 前置きが少々長引いたが、要はこうした感染ホラーの礎を築いた張本人がオリジナルであるため、本篇がその定石を辿っているのはある意味当然であり、むしろ誠実なことと捉えるべきではなかろうか。安易に奇を衒えばいい、というわけではない。

 ただ、そうは言っても残念に思われるのが、本篇に登場する感染病の症状が、「精神が不安定になる」という表現に添う範囲に留まっているとはいえ、一貫性に欠いているように映ることだ。序盤の感染者はみな無軌道に狂った行動に走っているように映るのだが、物語が進むにつれ、感染する前の強い感情や意志に添って狂暴な振る舞いをしている、という者が現れる。そのあたりのルールがもう少し観る側に伝わるよう配慮するとか、伏線を用意するべきではなかったか。予感や予兆があることで、もう少しドラマや恐怖を膨らませることが可能だっただろうに。

 しかし、そんな欠点を補って余りあるのが、よく研ぎ澄まされたシチュエーションの数々と、映像の完成度の高さだ。

 突然の発病と、ゆっくりとした蔓延、感染源の発見から爆発的な拡大、それと同時に権力者による容赦のない抑止策が展開される、といった大枠は定番通りだが、ひとつひとつの出来事は王道らしい緊迫感が漲りながらもアイディアが細かく鏤められており、インパクトが増している。特に感染源となったと思しい飛行機墜落現場の描写や、物語の最後の最後で描かれる凄惨な光景が鮮烈だ。

 いささか趣向に走りすぎている感もあるが、工夫が多い映像も印象的だ。奥から手前に走ってきた車の窓に映る光景で現場の壮絶さを伝え、人物の動きに合わせて背後の怪しい影が移動する、というシンプルながらも計算された手法で観客に恐怖をもたらす。住民を感染者・非感染者に分けていたグラウンドで暴動が発生した際のカメラワークも臨場感があり、またクライマックスのスペクタクルも、恐らくCGを用いているのだろうが、非常に迫力に富んでいた。映像の魅力、という意味ではほとんど緩みがない。

 御大ロメロ監督自身の諸作と較べると薄れてしまってはいるが、諷刺的な表現も垣間見えるのは好感が持てる。結局ギリギリまで事なかれ主義を貫く町長に、徹頭徹尾強硬姿勢を通す更に上の為政者たち。一方で駒扱いされる兵隊は詳細を知らされていないことをさらっと描き、それがクライマックスで反復される呼吸も優れている。

 この作品を観ていて慄然とするのは、ある段階から、誰が感染者で誰が正常なのか、見分けがつかなくなることだ。最後の、絶望的な逃走に至る直前、確かな変化が描かれるまでは、敵が本当に感染者なのか曖昧になっている。さながら、実際にウイルスに感染されていなくとも、環境が人間をこういう風に冒していくのだ、と言わんばかりに。

 もう少し、個々の事件や心理描写に奥行きが欲しかったところだし、ホラー映画を頻繁に観る者には残酷描写のお行儀の良さも少々物足りなく映ったものの、非常に手堅く纏められた、完成度の高いパニック・ホラーである。似たような作品が沢山あるから、と忌避するぐらいなら、その中でも精度の高い本篇を観ておいて損はないと思う。

関連作品:

サバイバル・オブ・ザ・デッド

ヒットマン

サイレントヒル

バタリアン

28日後…

28週後…

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