『ロミオとジュリエット』

『ロミオとジュリエット』 ロミオとジュリエット [DVD]

原題:“Romeo e Giuretta” / 原作: ウィリアム・シェイクスピア / 監督:フランコ・ゼフィレッリ / 脚本:フランコ・ゼフィレッリフランコ・ブルサーティ / 製作:ジョン・ブラボーン、アンソニー・ハヴロック=アラン / 撮影監督:パスクァリーノ・デ・サンティス / プロダクション・デザイナー:レンツォ・モンジャルディノ / 編集:レジナルド・ミルズ / 音楽:ニーノ・ロータ / 出演:オリヴィア・ハッセー、レナード・ホワイティング、マイケル・ヨーク、ミロ・オーシャ、ブルース・ロビンソン、ジョン・マケナリー、パット・ヘイウッド / 配給&映像ソフト発売元:Paramount Japan

1968年イギリス、イタリア合作 / 上映時間:2時間18分 / 日本語字幕:古田由紀子

1968年11月23日日本公開

2006年4月21日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/03/24)



[粗筋]

 ヴェローナの街には、いがみ合うふたつの名家がある。キャピュレット家とモンタギュー家である。上がいがみ合えば家来たちも対立し合うのが当然で、繰り返しいざこざを起こす彼らに対し、太守はとうとう今後争うことがあれば死罪、という命令を下す。

 そんな矢先、キャピュレット家で盛大な舞踏会が催され、モンタギュー家の若者たちは仮面を被って潜入した。そこで、モンタギュー家の子息ロミオ(レナード・ホワイティング)とキャピュレット家の令嬢ジュリエット(オリヴィア・ハッセー)は運命の出逢いを果たす。互いが憎き家の者であるとはつゆ知らず、ひと目逢うなり、強く惹かれ合ってしまったのだ。

 すぐにお互いの素性を知り、運命の皮肉を嘆いたふたりだったが、しかし家名よりも燃える想いに身を委ね、翌る日には夫婦の誓いを交わす。ローレンス修道士(ミロ・オーシャ)はこれが両家の和解のきっかけになる可能性を信じて、若いふたりの逢瀬を手助けした。

 だがその直後に悲劇は起きる。モンタギュー家の道化者マキューシオ(ジョン・マケナリー)とキャピュレット家きっての剣士ティボルト(マイケル・ヨーク)が街中で決闘を始め、不幸な成り行きでマキューシオが命を落としてしまった。仲裁に入ったはずが、親友を奪われた怒りに我を忘れたロミオが剣を取り、今度はティボルトを殺めてしまう……

[感想]

 完全な筋は知らなくとも、愛の悲劇の代名詞として誰もがその名を知っているはずのシェイクスピアのこの戯曲は、幾度となく映像化され、現代劇に翻案する、といった試みも為されている。しかし本篇は、シェイクスピアの活躍したイギリスと、物語の舞台であるイタリアのスタッフ、キャストによって製作されているから――というわけでは決してないだろうが、いずれにせよ、原典の筋書きに近い形を再現しよう、と試みていたのは間違いない。

 これも、“だから”と言い切ってしまうのは語弊があるが、どうも全体に筋運びがまだるっこしい。いちいち感情を過剰な台詞で装飾し、見せ場ではやたらとくどくなる傾向にある。もともとが舞台で演じられることを想定した物語であり、その見せ場や持ち味をなるべく温存しようと試みた結果なのだろうが、もう少し刈り込んでも良かったように思えてならない。有名なバルコニーでの愛の語らいも、はっきり言って鬱陶しく感じられたほどだ。

 しかし他方で、そうして愚直なまでに作品本来の空気を再現しようとしたことで、本篇が本質的に成熟したロマンスなのではなく、幼い激情が生み出した恋である、という本質を極めて生々しく描き出している。出逢うなり情熱的に愛を交わし、家名など捨てよう、と言い放ちながら、いざ窮地に陥ると「ヴェローナを離れて生きられない」と泣き父親に勘当されそうになって縋る、という安易な振る舞いは、タイトルロールふたりの幼さを強烈に伝えてくる。配役まで極力年齢相応にしたことが奏功しているのだろう。

 だが、何だかんだ言っても、本篇の魅力を一身に担っているのが、ジュリエットを演じたオリヴィア・ハッセーであることは、誰しも認めるはずだ。初登場の時点から弾けるような笑顔で観客を惹きつけ、決して台詞回しは達者ではないが、ひたむきな表情で激情に身を委ねる純朴な娘を熱演している。年齢的にも、原作の14歳という設定に違和感がないレベルで、生々しいラヴシーンに身を投じ、清純ながらもギリギリで艶っぽさを表現することにも成功している。初公開当時、大人気となったというのも頷ける話である。

 途中に挿入された歌曲をベースとした音楽や、実在の建物を活用していると思しい舞台も、安易な豪奢さを排除しながら華やかさと品位を保ち、作品全体に風格を添えている。決して大傑作、と呼べる完成度ではないが、あの誰もが知る古典を映画という表現手法で描き出した作品としては理想的な仕上がりと言えるだろう――少なくとも、いちど本篇のジュリエットを目にしてしまったら、他に適役を見つけ出すのは難しい。

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