『黒蜥蜴』

原案:江戸川乱歩 / 原作戯曲:三島由紀夫 / 監督:深作欣二 / 脚本:成沢昌成 / 製作:織田明 / 撮影:堂脇博 / 美術:森田郷平 / 照明:三浦礼 / 録音:田中俊夫 / 音楽:冨田勲 / 出演:丸山明宏(美輪明宏)、木村功川津祐介、松岡きっこ、三島由紀夫丹波哲郎 / 配給:松竹

1968年日本作品 / 上映時間:1時間27分

1968年8月14日日本公開

銀座テアトルシネマにて初見(2011/04/30) ※『ドリパス』企画上映



[粗筋]

 探偵・明智小五郎(木村功)がふらりと立ち寄った秘密クラブ。そこで彼は、妖しい魅力を放つ経営者・緑川夫人(丸山明宏)と出逢う。奇妙なやり取りのあと、彼女がひとりの鬱いだ青年に目をつけ、彼を誘って店の奥へと消えるのを、明智は記憶に留めた。

 後日、明智のもとにひとつの依頼が届く。宝石商の岩瀬庄兵衛(宇佐美淳也)の娘、早苗(松岡きっこ)を誘拐する、という予告があったのだ。明智は一計を講じ、犯人をおびき寄せるべく、岩瀬親子共々大阪のホテルに一時滞在する。

 岩瀬と明智が対策を練るなか、早苗のそばには岩瀬の顧客でもある緑川夫人の姿があった。かねがね懇意であった緑川夫人は早苗にひとりの青年を紹介し、ふたりに見せたいものがある、と自分の取った部屋へと赴く。だがそこで、青年は早苗に襲いかかり、彼女をトランクに詰めて、控えていた仲間たちと共に連れ去った――緑川夫人こそ、岩瀬宛に予告状を送った女賊・黒蜥蜴だったのだ。

 黒蜥蜴は首尾よく早苗を拉致したのちに、当夜0時に攫う、という趣旨の予告を送り、自分は岩瀬の部屋で見張っていた明智のもとを訪れ、彼の様子を窺う。そして0時、既に拉致されていたことを知った岩瀬が愕然とするなか、黒蜥蜴は明智の間抜けさを嘲笑った。だがそこへ、明智の部下に伴われた早苗が戻ってくる。明智は黒蜥蜴の計略を見抜き、密かに出し抜いていたのだ――

[感想]

 本篇の原作小説は、仮に読んだことがなくとも日本人ならその名を知っているはずの江戸川乱歩が発表した、探偵・明智小五郎を主人公とする作品群の中でも、人気のある作品である。江戸川乱歩は初期の作品を除くと、特に全体の構想もまとまらないままに連載を始めた結果、破綻した内容になることが多くなりがちで、それは本篇の原作も同様なのだが、対決する相手である黒蜥蜴の魅力的な人物像、探偵と怪盗とのロマンス、という特徴的な要素がうまく物語を結びつけており、一連の明智探偵もののなかでは完成度の高い作品になっている。後年、この小説を三島由紀夫が戯曲化して好評を博し、それをもとに映画化したものが本篇である。

 説や漫画などを映画化すると、オリジナルのイメージを損ねて不興を買うことは珍しくないが、本篇を観て文句をつける人はたぶん珍しいだろう。

 明智探偵が少々精細に欠いて見えることは残念だが、本篇における主人公が彼でなく、黒蜥蜴であることは明白なので、恐らくその一点で批判するべきではない。そして、その黒蜥蜴の超越的な存在感こそ、本篇を稀有の作品にしている。

 本篇を観たあとだと、当時に黒蜥蜴を演じた丸山明宏(のちの美輪明宏)をおいて他に相応しい役者は存在しなかった、とさえ思える。男性ながら高いトーンで語り歌い、華麗な所作で魅せる丸山明宏の中性的な存在感が、現実離れした黒蜥蜴というキャラクターにしっかりと嵌っているのだ。

 一種、天上の存在めいた振る舞いで、女王然としながらも他人を惹きつけて止まない。冷酷だが奇妙に人情的でもあり、自らの計略の裏をかいた明智探偵に急速に惹かれ、その存在を疎ましく思いながらも言動に一喜一憂してしまう様が驚くほど愛らしい。終盤にさしかかり、取引の場面のあと、逃走する黒蜥蜴の車を別の車が追ってくる、と解り、「明智?!」と言うときのときめくような素振りが印象的だ。下手に本物の女性が演じたのでは決して表現出来ない色気と愛嬌が漲っており、この丸山明宏が演じる黒蜥蜴を舞台の上だけに留めず、映像として記録したという、その一点だけでも本篇の意義は大きい。

 だが、極めて巧みに原作を咀嚼したシナリオ、乱歩らしいどぎつさを再現しながらもスタイリッシュに組み立てた映像も秀逸だ。

 最初に記した通り、乱歩による原作は、明確な構想なしに執筆されることが多く、本篇も探偵小説らしいトリックはあるが、どうも全般に後付けの無理矢理さが拭えなかったが、本篇は表現上の伏線をうまく鏤め、かつ敢えて犯人側からの描写を増やして意識的に仕掛けを割るような描き方をすることによって、仕掛けの面白さを観客に感じさせながら、その過程のスリルと、ひっくり返される瞬間のカタルシスをもうまく演出している。また、乱歩の原作からも読み取ることが出来る、“探偵対怪盗論”的な部分をも抽出していて、乱歩作品のみならず往時の探偵小説を愛する向きをも唸らせる趣向が盛り込まれているのも特筆すべき点だ。安易な書き手にかかっていたら、恐らく序盤の、「探偵は評論家」というやり取りは省かれていた可能性もあったと思う。クライマックスの息詰まる駆け引きのあいだも、探偵小説の愛読者ならばしばしばこの趣向の片鱗を感じ取って、ニヤリとせずにいられないはずだ。

 夜の夢の艶やかさを最後まで穢すことなく、敢えて虚飾的に描き出したエピローグの映像も素晴らしい。未だにDVDがリリースされておらず、なかなか鑑賞する機会には恵まれないのが惜しまれるが、乱歩の小説世界や、現実から遊離したような幻想空間に憧れるような方には、もしその機会が得られるなら是非ともご覧いただきたい。

関連作品:

盲獣VS一寸法師

K−20 怪人二十面相・伝

陰獣

ハウルの動く城

コメント

タイトルとURLをコピーしました