『ラスト・ターゲット』

『ラスト・ターゲット』

原題:“The American” / 原作:マーティン・ブース『暗闇の蝶』(新潮文庫刊) / 監督:アントン・コービン / 脚本:ローワン・ジョフィ / 製作:アン・ケリー、ジル・グリーン、アン・ウィンゲート、グラント・ヘスロヴジョージ・クルーニー / 製作総指揮:エンツォ・システィ / 撮影監督:マーティン・ルーエ / プロダクション・デザイナー:マーク・ディグビー / 編集:アンドリュー・ヒューム / 衣装:スティラット・アン・ラーラーブ / 音楽:ヘルベルト・グリューネマイヤー / 出演:ジョージ・クルーニーヴィオランテ・プラシドテクラ・ルーテン、パオロ・ボナチェッリ、ヨハン・レイゼン、イリナ・ビョークルンド、フィリッポ・ティーミ / ディス・イズ・ザット/グリーン・リット/スモークハウス製作 / 配給:角川映画

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:松浦美奈 / PG12

2011年7月2日日本公開

公式サイト : http://last-target.info/

角川シネマ有楽町にて初見(2011/07/28)



[粗筋]

 スウェーデン、ダラルナの湖の畔。ひとりの女と長閑に過ごしていた男(ジョージ・クルーニー)は、だが静かに迫り来るハンターを前に、裏社会のルールで行動せざるを得なかった。自らを狙ってきたハンターを仕留めると同時に、先刻まで褥を共にしていた女の命をも奪い、己の痕跡を消してその場を立ち去る。

 ローマへと移動した男は、組織の仲介人パヴェル(ヨハン・レイセン)に連絡を取った。身分を隠して潜伏していたはずなのに、何故発見されたのか? パヴェルはとにかく、なりをひそめているべきだと言い、併せて忠告した。「友人は作るな」と。

 男は更に郊外へと車を走らせ、カステル・デル・モンテという街に赴いた。男はエドワードというアメリカ人カメラマンを装い、観光地ばかりを撮影する、という名目で、息を潜めて暮らしはじめる――いざというときのために、トレーニングを怠ることなく。

 だが、どれほど人を拒絶したところで、向こうから近づいてくるのを遮ることは出来ない。地元のベネデット神父(パオロ・ボナチェッリ)から親しげに声をかけられて、彼の自宅でワインを御馳走になる。ベネデット神父は男の過去に何らかの疑念を抱いているようだが、深く追求することはなかった。

 公衆電話で連絡を取った男に、パヴェルは簡単な仕事の依頼を託した。仕事に必要なライフルのカスタマイズを行って欲しい、というのである。男は依頼人のマチルデ(テクラ・ルーテン)と接触し、要望を確認すると、現地で調達できる資材でカスタマイズを行った。

 穏やかなイタリア郊外での日々。だが男は常に神経を尖らせ、脅威に備えていた……

[感想]

 大人のためのサスペンス、という表現が、これほど似つかわしい作品も珍しい。

 ストーリーはごくごく平易だ。潜伏中の暗殺者にライフルのカスタマイズを依頼する、というくだりがやや特徴的だが、話の構造はシンプル極まりない。限界を感じ、密かに引退の時機を窺っている暗殺者と、身を潜めた土地に暮らす人々とのささやかな交流、そこに忍び寄る魔手。およそ想像した通りのストーリー展開であるだけに、何らかのひねりや謎解きの趣向、アクロバティックな見せ場などを期待するとだいぶ肩透かしの想いを抱くはずだ。

 本篇の秀逸さは、映画的な構図、サスペンスの見せ方を知っているからこそ出来る演出の巧みさにこそある。例えば、ベネデット神父が初めて登場する場面では、彼が遠くから主人公の姿を見ている様子を捉え、一瞬不穏な空気を醸し出す。複雑な小路を抜けて家に向かう途中、すれ違った男の動向に気を配り、僅かな挙措に身構える様など、主人公が如何に危険な世界に身を置き、常に緊張と退治しているのかを窺わせる描写の数々が巧妙だ。そこにかまびすしい音楽を組み込まず、自然な音のみで表現することで漂う、凜とした静謐が印象的だ。

 本篇に“大人のための”という言葉を添えたくなるのは、こうした緊張感の表現の数々が、ある程度常識を備えているか、映画に慣れた人でないと、主人公が感じている危険に同調できないのだ。敢えて広く取った構図の片隅で蠢く陰や、生まれた死角に何が潜んでいるのか、そういう映像的な緊迫感の演出と、呼応するような主人公の仕草が感じ取れなければ、本篇はただ地味で見せ場のない、ぬるいアクション映画に映るだろう。

 また、ジョージ・クルーニー演じる主人公の洗練されて無駄のない振る舞いに色気を感じられるのも、ある程度人生経験がないと難しい。冒頭、同行していた女性に嘘をついて射殺するくだりと、その際の虚脱したような表情。ライフルのカスタマイズに着手する際の、本当にその手順に慣れ親しんでいることを窺わせる所作の説得力は、それだけで絵になるほどだ。

 絵になると言えば、何気ない風景描写も魅力的だ。冒頭、スウェーデンの雪景色でさえも印象的だが、イタリアに移ってからの映像はことごとく美しい。山を覆うように広がった特徴的な街並や、中盤以降象徴的に用いられる川の光景などは、さながら主人公の心情を映しているかのように細やかな変化を見せる。もともとカメラマンであったという監督の美的センスは、落ち着いたサスペンス描写だけでなく、こういうところにも活きている。

 前述の通りストーリーはシンプル、演出のコクも自分から積極的に映像を解釈する気がないと伝わらないので、やはり万人が愉しめるとは言い難い。しかし、やたらと派手で騒々しいサスペンスにはうんざり、というのなら、いちど接してみてもいいだろう。

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コメント

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