『ランゴ』

『ランゴ』

原題:“Rango” / 監督:ゴア・ヴァービンスキー / 原案:ゴア・ヴァービンスキー、ジェームズ・ウォード・バーキット、ジョン・ローガン / 脚本:ジョン・ローガン / 製作:ゴア・ヴァービンスキー、グレアム・キング、ジョン・B・カールズ / 製作総指揮:ティム・ヘディングトン / VFXスーパーヴァイザー:ジョン・ノール、ティム・アレクサンダー / プロダクション・デザイナー:マーク・“クラッシュ”・マクリーリー / アニメーション・スーパーヴァイザー:ハル・ヒッケル / 編集:クレイグ・ウッド / 音楽:ハンス・ジマー / 出演:ジョニー・デップアイラ・フィッシャーアビゲイル・ブレスリン、アルフレッド・モリーナ、ビル・ナイハリー・ディーン・スタントンレイ・ウィンストンティモシー・オリファント、イアン・アバークロンビー、ギル・バーミンガム、クローディア・ブラック、スティーヴン・ルートネッド・ビーティ、ブレイク・クラーク、リュー・テンプル、ジョー・ヌネズ、ジョン・コスランJr. / ブリンク・ウィンク/GKフィルムズ製作 / 配給:Paramount Japan

2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:小寺陽子

2011年10月22日日本公開

公式サイト : http://www.rango.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2011/11/03)



[粗筋]

 水槽のなかで飼われていたカメレオン(ジョニー・デップ)は、高速道路を移動中の車から転落、砂漠に放り出されてしまう。

 轢死寸前のアルマジロロードキル(アルフレッド・モリーナ)に奇妙な謎掛けをされたり、鷹に追われたりと、水の乏しいなか干からびる想いをしてようやく辿り着いたパイプで一眠りしていると、にわかに噴き出した水に押し出されて、カメレオンは目醒める。喉の渇きに悩まされていたカメレオンは必死で啜ろうとするが、水は瞬く間に渇いた大地に吸いあげられてしまった。そして、顔を上げたとき、目の前には銃口があった。

 ライフルを構えていたのは、近くにある“土の町”で牧場を営むマメータ(アイラ・フィッシャー)。当初、カメレオンが水に押し流される様を目撃して、水不足に悩む町に絡んで何かの企みをしている、と思いこんだ彼女だったが、カメレオンの言動から無関係であることを確信し、彼を町の近くまで馬車で連れて行ってくれた。

 迷い込んだ酒場で因縁をつけられたカメレオンは、誰ひとり己の素性を知らないことをいいことに、自らを西部の荒くれ者のように喧伝した。悪人兄弟を、たった1発の銃弾で仕留めた武勇伝を持つ男、ランゴ――口から出任せで作りあげた彼の偶像は、だが気づけばカメレオンを、土の町の保安官に祭りあげてしまっていた……

[感想]

 アニメーションだから、と子供を連れて劇場に足を運ぶ親御さんもいるだろう――現に、私が鑑賞した回は、祝日だったせいもあってか、そういう客が多いように見受けられた。

 子供でも、ある程度は愉しめるだろう。ユーモラスな動きや、アニメーションだからこそ可能なダイナミックな構図、アクションの数々は、老若男女問わずに興奮させられるはずだ。

 しかし、この作品を深く味わうためには、映画に多少なりとも親しんでいる必要があるように思う。主人公のカメレオン“ランゴ”を演じたジョニー・デップという俳優の出演作を、『パイレーツ・オブ・カリビアン』以外にも鑑賞していて、かつ西部劇を好んでいるような人ほどに、本篇は愉しめる。観ていて、口許が緩むのを抑えられなくなるに違いない。

 本篇はアニメーション映画と言い条、少し変わった手順で制作されたという。まず脚本に従い、俳優にちゃんと演技をしてもらう。その際、小道具を身につけさせるだけでなく、最小限ながらイメージしやすいように大道具まで用意したらしい。そうして、ジョニー・デップは本当にカメレオンを、そして他の俳優もたぶん鳥やネズミ、蛇になったことを想起して演技した映像をベースに、その動きを抽出してアニメーションを制作していったのだという。

 一般に、アニメーションという表現方式を選ぶ場合、声はあとで収録するものだし、近年のCGを多用した実写作品で使われるモーション・キャプチャーはもっと無味乾燥な仕組みで俳優の動きをトレースするものだ。だが本篇は、技術の一助として動きや音声を収録するのではなく、本当に役者たちが芝居をしたものを土台にしていることで、アニメーションのキャラクターと俳優の演技をより一体化させたわけである。技術的には応用に過ぎないが、恐らくは、こういう考え方にしたことで、俳優たちのアドリブもかなり採り入れることが可能になったはずだ。

 それが窺えるのはまさに冒頭、カメレオンのひとり芝居のくだりである。水槽のなかで孤独に繰り広げるひとり芝居の様子は、見た目はいっそ薄気味の悪いカメレオンでしかないのに、スクリーンで彼に親しんでいる者の目には、気づけばジョニー・デップ以外の何ものにも見えなくなるはずだ。孤独で変わり者のカメレオン、というキャラクターに染まりきったジョニー・デップの姿が、ありありと思い浮かべられるのである。あくまでもアニメーションが先にあったり、人間以外のものを表現するためにCGを採用した実写作品では、こんな感覚に襲われることはない。そして、ジョニー・デップ出演作を何本か観ている人、他の映画にも親しんでいる人でなければ、この妙味は堪能できない。

 そして物語は、冒頭こそ擬人化した動物たちによるコメディじみているが、しかしいざ“土の町”に突入したあとは、一気に西部劇の優秀なパロディになる。町に辿り着く以前からも、彼につきまとって情熱的な演奏を披露するフクロウたちがそのムードを高めているが、やはり町に入って以降の、西部劇としかいいようのないモチーフの数々、話の展開に、誰よりもゾクゾクさせられるのは、このジャンルに魅せられた観客たちであることは確実だ。水不足に悩み農地を手放す人々、事件を契機に自警団を結成し、犯罪者集団と対決するくだりなど、どこかで観たような感覚に陥るシチュエーションの積み重ねは、何も知らなくても愉しいが、やはりジャンルとしての定番、お約束に馴染みがあればより惹きこまれる。

 話が佳境に入って描かれるモチーフはファンタジーじみているものの、その価値観のベースとなっているのが西部劇であることは一貫している。冒頭の出来事からも、この物語が普通の人間社会と隣接していることは察せられるが、クライマックス手前で描かれる事実はそれを敷衍しているからこその驚きがある。そして、あくまでお調子者で、己の嘘に呑まれているだけだった“ランゴ”に道を示す象徴が登場した瞬間、西部劇が好きな人なら歓声を上げてしまう可能性さえある。あのモチーフをこのタイミングで使う、そのことがとにかく小憎らしい。

 とは言い条、子供にとっても直感的に解るストーリーと、受け入れやすい結末を選択しているので、決して敷居が高いわけでもない。陽性ながら皮肉と洒落の効いた表現が多く、晦渋さやマニアックな趣向ばかりを望んでいるわけでもない観客にも愉しい。要は、深く掘り下げようと思えば幾らでも出来るし、表面的なユーモア、映像としての華やかさを愉しむつもりでも満足がいく。きちんと汲み取るには資質が必要でも、娯楽映画として押さえるべきところはきっちりと押さえている。

 近ごろは大人でも愉しめるアニメーション、というのがだいぶ増えてきたが、本篇は恐らく、それでも何処かにアニメーションに対するアレルギーがある、という人でさえ愉しめるはずだ。実写映画の良さとアニメーションの良さ、双方を見事に融合したことこそ、本篇の特筆すべき成果なのかも知れない。何にせよ、侮るべきでない1本である。

関連作品:

パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち

パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

続・荒野の用心棒

荒野の用心棒

ザ・リング

スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ

コメント

タイトルとURLをコピーしました