『幸せへのキセキ(字幕)』

TOHOシネマズスカラ座、スクリーン脇のポスター。

原題:“We Bought a Zoo” / 原作:ベンジャミン・ミー(興陽館・刊) / 監督:キャメロン・クロウ / 脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ、キャメロン・クロウ / 製作:ジュリー・ヨーン、キャメロン・クロウ、リック・ヨーン / 製作総指揮:イローナ・ハーツバーグ / 共同製作:ポール・ディーソン、アルドリック・ローリー・ポーター、マーク・R・ゴードン / 撮影監督:ロドリゴ・プリエト,ASC/AMC / プロダクション・デザイナー:クレイ・グリフィス / 編集:マーク・リヴォルシ,A.C.E. / 衣装:デボラ・L・スコット / キャスティング:ゲイル・レヴィン / 音楽:ヨンシー / 出演:マット・デイモンスカーレット・ヨハンソントーマス・ヘイデン・チャーチパトリック・フュジットエル・ファニング、ジョン・マイケル・ヒギンズ、コリン・フォード、マギー・エリザベス・ジョーンズ、アンガス・マクファーデン、カーラ・ギャロ、J・B・スムーヴ、ステファニー・ショスタク、マイケル・ペインズ、キム・ホイットリー、トッド・スタントン、ピーター・リーガート、ロベルト・モンテシーノス、デシー・リディック / 配給:20世紀フォックス

2011年アメリカ作品 / 上映時間:2時間4分 / 日本語字幕:石田泰子

2012年6月8日日本公開

公式サイト : http://shiawase-kiseki.jp/

TOHOシネマズスカラ座にて初見(2012/06/08)



[粗筋]

 ベンジャミン・ミー(マット・デイモン)は最愛の妻・キャサリン(ステファニー・ショスタク)の死から未だに立ち直ることが出来ずにいた。それは子供たちも同様で、長男ディラン(コリン・フォード)は頻繁に問題を起こすようになり、幼く純真な娘ロージー(マギー・エリザベス・ジョーンズ)も表情に翳りがある。

 ベンジャミンは新聞社に勤め、突撃体験記のコラムで人気を博していたが、お座なりなウェブ版への移行を示唆されて激昂、衝動的に会社を辞めてしまう。ディランも度重なる非行で学校から匙を投げられ、親子は同時に居場所を失ってしまった。ベンジャミンは心機一転のため、新居を探すことを決意する。

 新人の不動産業者スティーヴンス氏(J・B・スムーヴ)は懸命に物件を紹介するが、同行したロージーの合格点を得られず、なかなかこれというものに辿り着かなかった。だが、最後の最後に案内した家には、ロージーもベンジャミンも納得する。何故もっと早くここを紹介しなかったのか、と訊ねたとき、庭から動物の鳴き声が響き渡った。

 そこはもともと、小規模ながら珍しい動物を飼育している、動物園であった。だが、前オーナーが急逝したことで営業は停止、以前の従業員たちが前オーナーの遺産を切り崩して、辛うじて動物たちの面倒を見ている状態が続いている。この物件を購入する、ということは、動物園の経営をも引き継ぐ、という意味に他ならなかった。

 普通であれば、考慮もしない物件だろう。だが帰る間際、動物たちを前にはしゃぎ、久々に表情を輝かせるロージーの姿を見たベンジャミンの心はにわかに動いた。会計士をしている兄のダンカン(トーマス・ヘイデン・チャーチ)や、街に未練のあるディランは反対したが、ベンジャミンは貯金をはたき、動物園付の住宅を購入、動物園の新たなオーナーに就任する。

 当然ながら、動物園経営についての知識をまったく持ち合わせないベンジャミンに、ケリー(スカーレット・ヨハンソン)たち飼育員たちは、いつまで保つか、と懐疑的な眼差しを向けた。そして事実、ほどなくベンジャミンは、徒手空拳で動物園を経営する、その無謀さを思い知ることとなる……

[感想]

 実話に基づいた作品、というのは嘘ではない。確かにベンジャミン・ミーという、新聞のコラムニストが売りに出されていた動物園を購入、経営は経験したことがないながら努力を重ね、現在も実際に一般に公開を続けているらしい。

 ただ、本篇は主人公の名前や、動物園を買ったこと、オープンまでに経験した苦労などは実際に即して描いているようだが、かなり多くの部分に改竄が行われているようだ。まず本当の舞台はアメリカではなくイギリスだったし、動物園を購入したのは妻の死後ではなく、生前に話し合いもあって決断したことらしい。動物が逃走したことも実際にあったようだが、順番や状況についてはかなり変更が施されているのかも知れない。

 どうしてそれほど改訂が施されたのか。ドラマとして成立させる、という大前提もあったのだろうが、本篇を観る限り、もっと大きいのは、“素人が動物園を経営する”という本来のエピソードにあった面白さよりも、モデルとなった人物も経験した、“家族を失った哀しみ、苦しみから再起する”という部分に焦点を絞ったことではなかろうか。

 実際、そうして読み解くと納得がいく。中盤に検査官が登場することで持ち上がる、施設の整備の点や、終盤のキーポイントである衰弱した動物の扱いなど、珍しいテーマも含まれているが、率直に言えば、動物園経営の話として眺めるとかなり物足りないのだ。実在する動物園も、作中の動物園も、珍しい動物を飼育していることが大きな特徴のようだが、本篇はそうした個体についてはあまり触れていない。エンディングのテロップに突如出て来て驚かされるくらいだ。

 だがその分、作中の出来事が、妻、あるいは母親を喪った家族の苦しみと、そこから抜け出していく過程とのシンクロは巧みなのである。妻を亡くした哀しみ、母親を喪った苦しさ、それぞれに受け止め方が異なるからこそ生じる軋轢や、すれ違いを少しずつ脱却していく姿を、動物園経営の困難と重ねて描き出す。妻キャサリンとの思い出がある場所に近づくことさえ恐れるベンジャミンが環境を変えることに執着したのとは対照的に、息子のディランは都会から離れようとする父親に不満を隠さない。この認識の差違を、様々な経験や、ようやくきちんと話し合うことで解消していくさまに、家族のドラマとしての重みがあって見応えがある――ディランについては、動物園に併設されたレストランの経営を手伝う少女リリー(エル・ファニング)との交流で、地方在住の少女の繊細さと対比して、都会育ちの人間の無神経さを剔出しており、そちらの面白さにも着目していただきたい。

 もし100%フィクションと公言していれば、動物園経営と家族のドラマの調和ぶりがあまりに御都合主義に感じられるだろう。とりわけ終盤の推移は、実在のベンジャミン・ミーも経験している出来事のようだが、あまりに出来過ぎと思わずにいられない。しかし、実際にあったのだから仕方がない、と言われると反論しづらくなる。

 そう考えていくと、完全に現実に即したわけではなく、ノンフィクションとも言いづらい本篇の結構は、少々卑怯だ、とも感じる。ただ、それで否定的になれないのは、家族が親しいひとを失った苦しみから脱却するまでを描くドラマとしての構成が、非常に綺麗に整っているが故だ。

 何よりも象徴的なのはラストシーンである。あえて詳述は避けるが、作中、幾度か登場するモチーフを巧みに反復し、ある描写とも共鳴させる締め括りは、物語の余韻を快いものにしている。素人による動物園経営、という実話に基づいていることにこだわり、最後の最後でその様子を描くことだけに固執していたなら、恐らくこの快さは生まれなかった。

 だから、ノンフィクションを土台にしたドラマ、という意識で、たとえば原作となった書籍を予め読んだ上で鑑賞したなら、恐らく非常に不満が多い作品ではなかろうか。まったく逆に、いっさい予備知識なしで鑑賞すると、少々出来過ぎた話に感じられるだろう。ただ、実際の出来事、という題材の活かし方としては興味深く、ある程度の成功を収めた仕上がりと言っていいと思う――どうしても受け入れられない、というひとを出してしまいそうなので、安易に勧められないのが困りものだが。

関連作品:

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