『コンシェンス/裏切りの炎』

新宿武蔵野館、受付手前の案内。

原題:“火龍 Fire of Conscience” / 監督&原案:ダンテ・ラム / 脚本:ジャック・ン / アクション監督:チン・ガーロッ、ウォン・ワイファイ / 製作:キャンディ・レオン、ダンテ・ラム / 撮影監督:チャーリー・ラム、ツェー・チュントー / 美術:アルフレッド・ヤウ / 編集:チャン・キーホップ / 音楽:ヘンリー・ライ / 主題歌:レオン・ライリッチー・レン『煙火』 / 出演:レオン・ライリッチー・レンビビアン・スー、リウ・カイチー、ミシェル・イェ、ワン・バオキアン、チェン・クァンタイ、ラウ・ホーロン、チョウ・チーキョン、タン・カイ、チャールズ・イン / 配給:PHANTOM FILM

2010年中国、香港合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:水田菜穂 / PG12

2012年8月11日日本公開

公式サイト : http://www.3hknoirfes.net/

新宿武蔵野館にて初見(2012/08/22)



[粗筋]

 香港警察のマン警部(レオン・ライ)の生活は荒んでいた。2ヶ月前に妊娠中の妻が路面電車で殺害されて以来、その犯人を捜して、車上生活を続けている。長年の相棒チョン(リウ・カイチー)らの心配をよそに、マンは怒りを滾らせたままでいた。

 そんなおり、ひとりの娼婦が殺された。現場に呼び寄せられたマンは、そこに残っていた拳銃の火薬の痕跡から、ある事件を思い出す。それは地下道の入口でふたりの警官が殺害され、拳銃が奪われた事件であった。

 娼婦の背後を探った結果、どうやら2つの事件は同じ人物――帽子を被ったトンという男が関与している可能性が高い、と知ったマンたちは、トンが武器商人と接触する、という現場に向かい、様子を探ろうとするが、勘づいた武器商人たちは容赦なく攻撃を仕掛けてきた。結果、犯人達も無論のこと、マンの同僚たちにも多数の死傷者が出てしまう。

 惨たらしい結果に、マンは更に闘志を募らせるが、しかしその矢先に思いがけない事実が発覚する。殺害された娼婦と最後に接触したと思われる人物が判明したのだ。あろうことかそれは、チョン刑事だったのである。

 マンは、殺害には関与していない、というチョンの言葉を信じて上には報告せずにいたが、どこからともなく事実は露見しチョンは逮捕、マンも彼を匿ったかどで停職処分を受けてしまう。しかし、この出来事を契機に、マンのなかである疑いが具体性を帯びる。

 一連の捜査が不本意な結果になるとき、常に傍には本庁からやって来た刑事・ケイ(リッチー・レン)の姿がある。或いは、彼が卑劣な裏切りを行っているのではないか……?

[感想]

 これぞ香港ノワール、と言いたくなる内容である。

 粗筋ではあえてマン警部の視点から書いたが、作中ではかなり早い段階から、ケイが“裏切り者”であることはほぼ明示している。その背景、どんな意図があって行動しているのか、という点を伏せて物語を牽引しているが、そこに謎解きの面白さのようなものはない。

 だが、深い闇から抜け出せなくなっているケイと、じわじわ泥沼に脚を取られつつあるマンのドラスティックな言動、そのふたつが、死屍累々の感のある物語と絡みあって、実に重い。

 本篇の巧みさは、マンとケイ、このふたりの行動が示す善悪に揺らぎがあることだ。マンは妻を襲った理不尽な死に、本来の正義感を更に暴走させ過激な行動に及んでいるが、それ故に手段を選ばず、むしろ悪魔のように映る場面が幾つもある。。容疑者を追い込むときの過激さ、拷問も同然の取り調べを行うさまには狂気さえ滲んで、観る側にひんやりとした戦慄を味わわせる。

 一方で、自らの悪事の痕跡を隠すためには悪党の知己であろうと警察仲間であろうとその死に無頓着でいられるケイは、だが親しい者に対しては最大限の配慮を払っている。彼を“先輩”と呼び、悪事に荷担するサム(チャールズ・イン)に、手に入れた金の一部を父親の治療費としてあっさりと手渡す場面や、婚約者エレン(ビビアン・スー)に対して見せる気遣いは、まるで悪に染まりきったケイの僅かに残された善心のように思える。マンの狂気とケイの善心、両者の対比が、双方の踏み込んだ闇の深さをより濃厚に意識させるのだ。

 ストーリーのそうした深みを、随所に盛り込まれる緊迫感に満ちた映像の数々が力強く彩る。およそ非現実的な、レストランでの壮絶な銃撃戦や、事態を一変させる護送車の襲撃、そしてクライマックス、本物の炎と、原題にある“火龍”の祭礼を背景としたアクションのヴィジュアルは鮮烈だ。往年の香港アクション映画の流れを汲みながら、迫力とリアリティとを共存させた味わいは、日本映画は無論、ハリウッド映画とも違った魅力を際立たせている。

 やや強引にまとめたようなラストのナレーションが引っかかる向きもあるだろうが、しかし物語はしっかりとそこに狙いを定めていたし、必ずしも言うほどすっきりと収まっていないことが、むしろ独特の余韻を生み出している。

 まさに、香港映画界だからこそ作りうるノワールである。こういう独自のスタイルがしっかりと根付いていることが、羨ましくさえある。

関連作品:

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