『カルテット!人生のオペラハウス』

TOHOシネマズシャンテ、施設外壁の看板。

原題:“Quartet” / 原作戯曲&脚色:ロナルド・ハーウッド / 監督:ダスティン・ホフマン / 製作:フィノラ・ドワイヤー、スチュワート・マッキノン / 撮影監督:ジョン・デ・ボーマン,BSC / プロダクション・デザイナー:アンドリュー・マッカルパイン / 編集:バーニー・ピリング / 衣装:オディール・ディックス=ミロー / キャスティング:ルーシー・ビーヴァン / 音楽:ダリオ・マリアネッリ / 出演:マギー・スミストム・コートネイビリー・コノリー、ポーリーン・コリンズ、マイケル・ガンボンシェリダン・スミス、アンドリュー・サックス、デイム・ギネス・ジョーンズ、トレヴァー・ピーコック、デヴィッド・リアル、マイケル・バーン / ヘッドライン・ピクチャーズ/フィノラ・ドワイヤー・プロダクションズ製作 / 配給:GAGA

2012年イギリス作品 / 上映時間:1時間39分 / 日本語字幕:栗原とみ子 / 字幕監修:前島秀国

2013年4月19日日本公開

公式サイト : http://quartet.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2013/04/19)



[粗筋]

 イギリス郊外には、現役を退いた音楽家たちばかりが集う老人ホームがある。今は亡き名指揮者である創立者の名前を取って“ビーチャム・ハウス”と呼ばれるこの施設は、現在存亡の危機にあった。経営難により、このままでは半年ほどで閉鎖に追い込まれる見込みにある。

 命運を託されたのは、シィドリック・リビングストン(マイケル・ガンボン)が指揮を執る、ヴェルディ生誕記念日に催されるガラ・コンサートである。住人たち総出による“乾杯の歌”にオペレッタ『ミカド』からの引用など、様々な演目が用意されるなか、かつて共に舞台に立った経験のあるレジーことレジナルド・パジェット(トム・コートネイ)、ウィルフことウィルフレッド・ボンド(ビリー・コノリー)、シシーことシシリー・ロブソン(ポーリーン・コリンズ)も出演が予定されていたが、演目を巡っては連日議論を重ねている。

 そんな折、ビーチャム・ハウスに新たな住人が加わった。大舞台に幾度も立ったプリマ・ドンナ、ジーン・ホートン(マギー・スミス)である。住人たちが活気づくなか、レジーだけは心穏やかではなかった。何故なら、ジーンはレジーたち3人とともにカルテットを組んで『リゴレット』を歌った間柄であり、レジー自身に至っては、僅かな期間だが、ジーンと夫婦だったのだ。

 若干認知症の傾向にあるシシーは無邪気にジーンに接し、レジーに引き合わせるが、レジーは彼女に対して頑なな態度を貫く。他方、彼がハウスにいることを知っていたジーンは、自分の仕打ちを悔いていたが、ジーンの謝罪にもレジー聞く耳を持たなかった。

 他方、ガラ・コンサートは成功が危ぶまれる局面に遭遇していた。目玉の演者のひとりだったフランクが体調不良により登壇できなくなり、チケットの売り上げが悪化していたのである。そこでシィドリックは、かつての名カルテットを復活させ、『リゴレット』を再演させることを目論んだ。レジーも、終の棲家の難局に嫌とは言えない。かつてのような声が出ない、ともはや舞台に立つ気のないジーンの説得に、3人は臨んだのだが……

[感想]

卒業』、『クレイマー、クレイマー』、『レインマン』と、優れた演技で名作を支え、尊敬される俳優のひとりダスティン・ホフマンには、これまで舞台の演出経験はあったが、映画監督作品はなかった。本篇でも撮影を担当したジョン・デ・ボーマンの熱心な勧めがきっかけで今回、遂に初めてメガフォンを取った、ということらしい。

 経歴を思えば、処女作だから、と単純に侮ることは出来ない。しかし、それにしても、初監督にして素晴らしいクオリティを示している。
 いや、“クオリティ”と表現するのはちょっと違うかも知れない。率直に言えば、やはり専業監督、純粋に映画作りの経験値を蓄えた監督らと比較して、ちょっとぎこちなさは感じる。だが、そうしたぎこちなさを超越した軽妙さ、年季を経なければ得られない類の貫禄が、本篇には備わっているのである。

 私がぎこちない、と感じるのは、カメラ切り替えやカット割りのテンポだ。全般に、少し長すぎたり短すぎたり、というリズムに乱れがある。プロローグの、わざと間を持たせるような描き方が印象的なわりに、本篇に入ると、どうももうひと匙、味わい足りないように感じさせる。あともう数秒、表情を長く捉えたり、情景を画面に留めていれば、もっと豊かな余韻が生まれていたのでは、と思える箇所が多い。尺の手頃さは好感を覚えるものの、この程良い尺であれば、仮にあと10分ぐらい長くなっても、評価を下げることはなかっただろう。カメラの切り替えも、もう少し抑えて、場面ごとに居合わせたひとびとを捉えるほうが、本篇の主題にはそぐわしかったように思う。

 だがこれはあくまで私の素人意見に過ぎない。それ以前に、そうした違和感、おぼつかない印象を軽やかに飛び越えて、本篇はひたすらに心地好い。

 そもそも、プロローグからして観ていてウキウキしてくる。最初、じ、っと楽譜に向き合う女性ピアニストの姿から始まり、ビーチャム・ハウスの住人がそれぞれに音楽と対峙するさまを、BGMと一体化した映像で見せていく。このくだりを観るだけで、「ああ、音楽って楽しい」と思わされてしまう。そして、この快さは結末まで途切れることがない。演奏がシンクロしていく様も心地好いが、仲間たちと意見が衝突し、やや刺々しい物言いをする際でも、そこにはユーモアがあって、観ていて口許が緩んでしまう。

 作中、実際に演奏するひとびとはいずれも本当にプロの世界で活躍した音楽家たちばかりだという。だから当然ながら、演奏自体も絶品なのだが、本物の演奏会めいた堅苦しさはさほど感じない。いい意味で肩の力が抜け、くつろいで聴いていられる。

 そして、中心にいる俳優たちのやり取りの軽妙さが逸品だ。全員の味わいある人物像を引き立たせながら、丁寧に組み立てられた会話で、過去に様々な経緯があることを窺わせる。説明しすぎず、考慮して語るタイミングを計り、いいところで笑いを誘うセンスもある。カメラワークにちょっと疑問を感じたが、それぞれの芝居の切り取り方、引き出し方の巧さは、如何にも名優ならではのタクト捌きだ。

 面白いことに――というか、ある意味当然なのだが、本篇は作中、タイトル・ロールたる4人が本当に歌声を披露する場面になかなか辿り着かない。しかし、そんなこととは関係なしに、彼らが優れた音楽家である、と思わせてしまうのが、本篇の脚本、俳優、そして監督の技倆の証だろう。なにせこの作品は、音楽家たちの老人ホームの経営を救う、という題材にしても、かつて結婚していたこともある仲間との再会、という題材にしても、話の展開はかなりあっさりしていて紆余曲折と呼べるほどのものはない。にもかかわらず、というよりも、だからこそだろう、全篇を覆う快い軽妙さと、笑いを誘いつつも厚みのある演技、何より随所で披露される渋くも活き活きとした演奏に魅せられ、じっくりと浸ってしまう。

 ストーリーの単純さ、構成のぎこちなさなど、引っかかる点があるので、傑作である、と自信を持って太鼓判を捺すのはちょっとためらわれる。ただ、観ているあいだじゅう、ずっと口許が緩み、観終わったあとも優しい気分に浸れる、愛すべき佳品である、ということは断言できる。たぶんこういう作品は、はじめから監督業を志していたひとや、若手の俳優では撮ることは出来ないに違いない。名優ダスティン・ホフマンだからこそ、と言えよう。

関連作品:

卒業

クレイマー、クレイマー

レインマン

マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋

ゴスフォード・パーク

ドクトル・ジバゴ

ゾンビーノ

英国王のスピーチ

RED/レッド

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