原作:中村光(講談社モーニングKC・刊) / 監督:高雄統子 / 脚本:根津理香 / チーフ演出:神戸守 / 演出:高雄統子、神戸守、原田孝宏、柴山智隆 / 絵コンテ:高雄統子、神戸守 / キャラクターデザイン&総作画監督:浅野直之 / 作画監督:河合拓也、奥田佳子、植村淳 / 美術監督:薄井久代 / 色彩設計:中尾聡子 / 撮影監督:佐久間悠也 / 編集:三嶋章紀 / 音楽:鈴木慶一、白井良明 / 主題歌:星野源『ギャグ』 / 出演:森山未來、星野源、鈴木れい子、立木文彦、くまいもとこ、永澤菜教、日比愛子、西原久美子、園崎未恵、斉藤貴美子、島田敏、白川周作、高乃麗、竹本英史、島崎信長 / 配給:東宝映像事業部
2013年日本作品 / 上映時間:1時間30分
2013年5月10日日本公開
公式サイト : http://www.saint023.com/
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2013/05/17)
[粗筋]
目覚めたひと、ブッダ(星野源)。神の子、イエス(森山未來)。言わずと知れた、仏教とキリスト教の祖である。
多難な世紀末を乗り越えた2柱は、疲れを癒すべくヴァカンスを計画した。2柱が滞在地に選んだのは日本、立川。風呂なし安アパートで、大家の松田さん(鈴木れい子)や周囲の住人から怪しまれながらも、人情味豊かで居心地の良い下界暮らしをエンジョイするのだった……
[感想]
原作は大きな話題となり、ベストセラーになった漫画である……が、あいにく私は機会に恵まれず未だに読んでいない。年がら年中映画館に足を運んでいるので、予告篇に接しているから、なんとなく世界観は掴んでいるが、それ以上の情報を仕入れることもしなかった。
だから自信を持って断言できる。原作を知らなくとも問題はなく楽しめる――いや、変なこだわりがない分、虚心に楽しめる可能性さえある、いいコメディ映画に仕上がっている。
粗筋がいつになく短くなってしまっているが、実際、全体を通した仕掛けや、大きな物語、といったものはない。ふたりの聖人が、それぞれの個性――というのは不敬な言い方のようにも思えるが――を発揮しつつ、下界での平凡な生活をエンジョイする、というそれだけの話である。
随所に、ブッダとイエス、それぞれのエピソードや事情を絡めたくすぐりが盛り込まれているが、これがいちいち笑いを誘う。些細なことで奇跡を起こし、徳の高いことを口走ると後光が差してしまう。本篇の快いところは、そこに決して2つの宗教に対する悪意を籠めもしなければ、決して揶揄する意図を感じさせないことだ。ときどき自らの“神通力”をちょこっと悪用する、なんて場面もあって、よほど信心深いひとには罰当たり極まりない描写と取られるかも知れないが、宗教観や来歴を基礎とした個性が愛嬌に繋がっており、観ていて微笑ましい。
聖人を中心人物にしたことが最も有効に働いている、といえるのは、メインのふたりが基本的に怒らない、負の感情を顕わにしないことだ。普通なら立腹しそうな場面でも、彼らは相手を理解し、状況を受け入れようとする。まさに聖人ならではの姿勢なのだが、日常生活の理不尽な成り行き、不運としか言いようのない事態にもいちいちそういう態度を貫こうとするのが滑稽であるのと同時に、徹底した寛容さが、観ているほうの気分を和ませる。コメディであっても、登場人物の無神経な振る舞いに苛々させられたり、釈然としない想いを抱かされることは少なくないが、本篇は主人公がきちんと聖人として描かれているからこそ、優しさや寛容さがいい具合に笑いとして活きている。こんなに快く笑える作品は、なかなかあるものではない。
基本的に明確な筋はなく、四季折々の出来事を細かな笑いをちりばめて描いている作品だが、しかしそこに、ブッダの白毫を狙う子供たちの姿や、イエスを二代目と勘違いして敬意を払う極道、といった別の真っ直ぐとした糸を通し、長篇としての体裁を整えており、心配りが利いている。どこの組の人間か、という確認をせずに崇拝する極道、というのはちょっと過剰な気もするが、子供たちならではの妄想をベースにしたひと夏の冒険を、主人公であるブッダとイエスを背景扱いにして描き出すくだりは、そこだけでも見応えがあるし、秋のエピソードの情感を膨らませてもいる。原作においてどのような順序で語られているのかは解らないが、エピソードの取捨選択の確かさは評価できよう。
しかしこの作品、恐らくは原作自体がそうなのだろうが、如何にも日本らしい発想と内容だ、という気がする。仏教もキリスト教も受け入れられている国だから、というのもあるが、その2柱をこうも自然に共演させられるのは、日本がそもそも“八百万”の神の国だからではなかろうか。竈にも便所にも神が住まう土地なのだから、最も偉大な聖人たちが、ヴァカンスと称して普通の暮らしを満喫していても不思議ではない――異国のひとびとにもそう捉えてもらえる、とは考えにくいので、海外に持ち出すのはちょっと慎重になったほうがいいようにも思うが。
漫画をそのまま動かしているような独特な描線に、どぎつくない色彩感覚がまた作品の穏やかさにそぐわしい。素顔が思い浮かばないほど見事に、少しはしゃぎすぎる嫌いのある苦労人イエス、という人物像を声で補強した森山未來、これが声優初挑戦ということもあってあまり飾った様子はないが、しかし本篇のエンディングに採用されている歌声からも解る柔らかなトーンが心優しい悟りのひとブッダに自然と馴染む星野源、と声優の起用もいい。細部にまで心地好さが溢れていて、観終わってからも幸せな気分に浸れる。悟りを開ける――かどうかは解らないが、主人公ふたり、というか2柱の寛容さにしばらく影響されてしまいそうだ。
関連作品:
『映画 けいおん!』
『ベン・ハー』
コメント