……2010、2011、2012、と3年連続で鑑賞してきた茶風林氏企画・演出による、声優陣が木原浩勝氏の怪談を脚色して朗読するイベント“怪し会”に今年もお邪魔してきました。回を追うごとにチケット獲得の競争率が高まり、幕間のお清め代わりのトークによれば、今年は人気の回がわずか5分で完売したとか。……驚くべきことに、その5踏んで完売した最終日最終回のチケットが確保出来ていたりする。
移動中、ひと駅前で下車してしまう、という軽いボケを繰り出しつつも、開場前に到着。しかし昼の部がまだ終了しておらず、しばし外で待機、ということになりましたが、連日猛暑が続いた今月としては珍しく過ごしやすい気候のお陰で、特に苦にはなりませんでした。
というわけで以下、内容です。もう本日で終了、恐らく今後もまったく同じ内容での再演はない、と思われるので、ネタを伏せたりせずに語ります。
ほかの芝居やイベントでは通常若手が担当するのに、やっているのが羨ましい、ここは自分が座長だから自分が担当する、という茶風林氏によるイベントの趣旨説明と諸注意、そして密蔵院住職による前口上を挟んで、会場である本堂の照明が落とされ、本格的にスタート。 実のところ私はこのイベント、冒頭がいちばん面白い、と思っていたりする。茶風林氏らの軽妙な挨拶もさることながら、お寺の本堂、という、一定の収容量はあるけれどイベントの会場としては小さな舞台、怪談の朗読がメインであるため本番の照明は蝋燭のみ、という設定を利用した演出がいいのです。本日の場合、暗闇で最初のエピソードの舞台である渋谷の雑踏を再現し、ひとびとが携帯電話で会話をしている声が四方から響きはじめたかと思うと、誰かが笑いはじめ、それがいつしか総出での哄笑にすり替わっていく。まだ人のいないはずの中央から、団扇か座布団あたりを用いて(真っ暗なので本当に見えないのです)送りこむ風が、更に厭な雰囲気を掻き立てたところで、何かを叩く音が響く。一拍あって、周囲を囲むキャストが不気味な声で「怪し会陸」と囁く。この舞台、構成だからこそ出来る演出の薄気味悪さが素晴らしいのです。すっかり怪談ジャンキーとなった私は並大抵の怪談やホラー演出では恐怖を味わえなくなっているのですが、ここでだけは堪能できる。だからこそすっかりクセになっているのです。
このあと、中央に立てられた5本のマイクに、それぞれ寄り添うかたちで立てられた燭台に火が灯され、いよいよ朗読が始まります。
1本目は、『新耳袋 第九夜』収録の“もうひとり”。渋谷のとあるビルに事務所を移した警備会社のスタッフが体験した出来事です。電話が重要な小道具となるエピソードですが、これも舞台、しかも朗読劇だからこその趣向が効いている。効果音を多用する甲斐がある話なので、音響さん大活躍、という趣。
2本目は『隣之怪 第一夜 木守り』収録の“ラブホテル”。これは途中の怪異が映像的なので朗読には向かないのでは、と危惧しましたが、そういやこの話でいちばんのポイントは、ラブホテルの受付“嬢”の存在なのです。恋人と一緒にラブホテルを訪れた女の子の可愛らしい語りははっきり言ってこの受付嬢の怪演を活かすためのもの、と言える。……ただ、個人的な好みを言わせてもらえば、ちょっとやりすぎだったと思う。わざわざ怖がらせすぎ。
3話目は今回木原氏書き下ろしによる“峠道”。田舎に帰ってきた青年を、買いたての新車で出迎えた青年の体験談、ということですが……正直なところ、私はこの話についてはあんまり好感が持てなかった。怪奇現象自体がやはり映像的で、語りを工夫してもいまひとつ伝わりにくいこともそうですが、終盤の説明が言葉足らずで、いったい何が起きたのか実感できず、怖い、というより「何事?」という違和感が残ってしまった。現象からすると、もっと不気味に感じられてもよかったはずなんですが。この話が特に顕著でしたが、出演者が少々、過剰に怯えた演技をしていたのも、私としてはあんまり評価できない。怪談やホラーをたくさん漁っているからこそ言い切れますが、実際に恐怖の現場に立ち合っている人間はその場では大袈裟に反応しないほうが多いですし、もう少し感情を顕わにするポイントは控えた方があとあと恐怖を膨らませるものです。このエピソードは、今回のなかで私が唯一、元ネタを知らなかったせいもあって、よけいにネタの曖昧さが気にかかったのですが、それを割り引いてももうちょっと、という印象でした。
4話目は『隣之怪 第三夜 病の間』収録の“鬼術”。これは、中古の一軒家を購入した一家が体験した出来事ですが、『新耳袋』時代には木原氏が意識的に封印していた“呪い”絡みの話なので、不気味さは強烈。結果として綺麗に解決はするものの、一般的な怪談では聞いたことのないような展開の異様さは、朗読であっても舞台でかけるのに相応しいドラマティックさです。しかし、筋の必要とはいえ、あの“中身”に触れないのは、怪談、ひいてはオカルトの知識の乏しいかたには消化不良かも。
ここでいったん、“お清め”という名の休憩です。もともとこのイベントは、お寺にて日本酒を嗜みつつ怪談を愉しむ、という意図で企画されたものなので、場所を移しての“お清め”こそメインイベント、とは茶風林氏の弁。毎回、茶風林氏が厳選した日本酒の蔵元を取材した際のレポートや、原作者・木原浩勝氏らゲストを招いてのトークに耳を傾けながら、お酒を嗜み食事を愉しむのですが、今回木原氏と共に登場したのは、能登麻美子嬢。実は今回、この“お清め”を挟んでの第5話は以前にもいちどかけたエピソードの再演なのですが、初演の際も茶風林氏は彼女に役を依頼することを想定していたそうで、再演にあたって彼女にもふたたび参加を請うた、ということらしい。実のところ私は彼女を間近で見たくて、出演する日に絞ってチケット獲得に臨んだくらいでしたから、非常に嬉しい話でした。なお、ここでは木原氏による語りがありましたが、採り上げていたのはたぶん『九十九怪談 第六夜』に収録されているエピソード、のはず。咄嗟に本が見つからないので確認は出来てませんが。
本堂に戻り、いよいよ最後の1本、『隣之怪 第二夜 蔵の中』収録のエピソードに基づく“桜の墓”です。45分にわたる長尺を、茶風林氏と能登嬢のふたりを中心に演じるこのエピソードは、まだ携帯電話が普及するより前に遠距離恋愛をしていた恋人同士のちょっと切ない話。ユニークながらほんのりと怖く、それでいてラストには感動もあるこの話のヒロインに能登麻美子嬢を配したかった、というのはしごく当然のことでしょう。個性の立った、繊細で愛らしい声がこの人物にはしっくり来る。初演の際も見ていますが、いっそファンタジーとも取れるような展開が快い、いい話です。
正直に言えば今回、驚きや恐怖の高まるタイミングで陳腐な効果音を使ってしまっているのがちょっと引っかかりました――先にも記したように、あまり演者自身が怯えない方が肝心のタイミングで恐怖を掻き立てられますし、派手な効果音もピンポイントで用いるくらいがより活きてくる。ただ、そう思うのは、私が原作をあらかた読み、すっかり怪談ズレしているからかも知れません。なにせ、プラチナチケット化するとともに、どうやら怪談ファンというより声優の皆さんのファンが増えているようで、木原氏直々にお披露目した柔らかめのエピソードにも感嘆の声が漏れるくらい、初心者のかたが多かったらしいので、このくらいの匙加減がちょうどいいのかも。
大変好評なようで、恐らくもう来年の開催もほぼ確定と思われますが、更にスピンオフ企画として、今年の秋にも上演が予定されているとのこと。今後も出来る限りお邪魔したい……ところですが、ほんとに急速に入手が難しくなっているので、どうなることやら。
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