原題:“47Ronin” / 監督:カール・リンシュ / 原案:クリス・モーガン、ウォルター・ハマダ / 脚本:クリス・モーガン、ホセイン・アミニ / 製作:パメラ・アブディ、エリック・マクレオド / 製作総指揮:スコット・ステューバー、クリス・フェントン、ウォルター・ハマダ / 撮影監督:ジョン・マシソン / プロダクション・デザイナー:ヤン・ローフルス / 編集:スチュアート・ベアード / 衣装:ペニー・ローズ / 音楽:イラン・エシュケリ / 出演:キアヌ・リーヴス、真田広之、浅野忠信、菊地凛子、柴咲コウ、赤西仁、田中泯、ケリー=ヒロユキ・タガワ、羽田昌義、曽我部洋士、米本学仁、山田浩、ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン、出合正幸、中嶋しゅう、伊川東吾、國元なつき / 配給:東宝東和
2013年アメリカ作品 / 上映時間:2時間1分 / 日本語字幕:戸田奈津子 / 字幕監修:冲方丁
2013年12月6日日本公開
公式サイト : http://47ronin.jp/
TOHOシネマズ日劇にて初見(2013/12/06)
[粗筋]
鎖国時代の日本。各藩の君主は将軍・徳川綱吉(ケリー=ヒロユキ・タガワ)に対する忠誠を誓いながら日々競い合い、しのぎを削っていた。とりわけ将軍の覚えめでたい浅野家は豊饒で風光明媚な赤穂の地を拝領していたが、吉良家はこれを妬み、寝首を掻く機会を虎視眈々と狙っている。
事件は将軍が赤穂を訪問したときに起こった。吉良家とのあいだで催された御前試合に選ばれた安野(羽田昌義)が妖術によって動けなくなり、それを発見したカイ(キアヌ・リーヴス)が鎧兜を着けて試合場に現れる。試合中に兜が脱げたことで事態は発覚、もともと独特の風貌から“鬼子”と呼ばれているカイは武士ですらなく、憤った綱吉は死罪を命じたが、浅野内匠頭(田中泯)は「獣に名誉ある死は許されない」と言い、自らが責を負ってカイを助命する。
この出来事の裏で糸を引いていたのは、吉良上野介(浅野忠信)だった。この一件で内匠頭に恥を掻かせるはずだったが、カイの登場で有耶無耶にされてしまい、やむなく次の手段に訴える。上野介の下で働く妖孤・ミヅキ(菊地凛子)は内匠頭の寝所に侵入すると、彼に幻術を施し、内匠頭に愛娘のミカ(柴咲コウ)が襲われている、と思いこませた。激昂した内匠頭は上野介に傷を負わせ、その現場を将軍に目撃されてしまう。
内匠頭は切腹を命じられ、大石内蔵助(真田広之)をはじめとする家臣は浪人として赤穂の地を逐われた。特に内蔵助は、その敵愾心を警戒した上野介の命により、一年に亘って穴蔵に幽閉されてしまう。
ようやく解放された内蔵助は、上野介の虜囚となったミカが、浅野家の存続という大義名分のもと、ミカに嫁がされようとしていることを知った。内蔵助は息子の主税(赤西仁)に、散り散りとなった家臣を集めるように指示すると、自分は出島へと赴く。
上野介の許には、妖術を操る者がいる。一連の事件でそれを悟った内蔵助は、誰よりも早くその存在を見抜き、自分に警告したカイの力が必要だ、と考えた。そのために、出島に奴隷として囚われ、見世物に使われていたカイを連れ出すことにしたのである。
目的は、復讐。奸計によって汚名を被せられ、無念の死を遂げた主君の仇を討つために、浅野家の家臣が集結する――
[感想]
ハリウッドがキアヌ・リーヴス主演で『忠臣蔵』をリメイクする、という企画が公表された際、多くの日本人の反応は冷ややかなものだった。
それも当然だろう。『忠臣蔵』という、実際の出来事に基づくこの物語は、日本人、とりわけ江戸時代に生きた武家のひとびとを支配していた精神性に根付いたものだ。それを、異国の人間がどの程度まで的確に再現できるものなのか。
公表後、製作はかなり困難を極めたようで、当初の公開予定が延期される、というトラブルも起きていた。監督とスタジオが編集で揉めている、という噂も流れ、ネガティヴな印象が強まっていたなか、当初の予定から1年遅れでようやく公開された本篇に、初期から情報をチェックしていた映画ファンとしては不安を抱いてしまうのはご理解いただけるだろう。
だから非常に低い期待値を設定したうえ、それでも観た上で判断したい、と考えて、公開初日に劇場に足を運んだのだが――予想していたほど悪くない。否、むしろいい出来映えだった、と言ってもいい。
“鎖国時代の日本”と位置づけているが、ここに登場するのがファンタジーの世界である、という約束は早い段階で解る。現実に存在しない猛獣相手の狩りに、妖術があからさまに描かれているくだりを観て、史実はおろか、もととなった歌舞伎や芝居と同じ世界観で話が展開する、などと考えるひとはまずいないだろう。
その土台の上であるから、作中にキアヌ・リーヴス演じる“鬼の子”が混ざっていても、将軍の権威がまるで天皇のように描かれていることもさほど気にならない。むしろ、そうした設定がちゃんと展開に奉仕していることに好感を覚える。原典でももちろんのこと、史実に則して描写しよう、などと考えると、浅野内匠頭はかなり軽率で、後先省みない人物、という印象を与えかねず、本篇くらいの尺で描こうとすると、何故大石らがこれほど忠義を尽くしたのかが理解しづらくなる。史実や通例に逆らい、内匠頭を貫禄のある人物にし、上野介を血気盛んな壮齢の男にしたことは、この構図を伝わりやすくしている。
ストーリー以上に出色なのは、そのヴィジュアルだ。率直に言えば序盤、架空の生物が登場するくだりを始め、ところどころコマ落ちしているようなぎこちなさを感じさせるのは、狙いなのかも知れないがいささか失敗しているように思うのだが、しかし美しさは確かだ。また、作中で描かれる日本建築や装束に、思いのほか違和感がないことも特筆しておくべきだろう。場内を戦中でもないのに甲冑姿で警護しているとか、座敷の構成とか、目につくところもあるのだが、しかし衣裳の扱い、建物での所作、といった基本に大きな誤りがない。日本特有の建築様式や装束をなるべく本来の意図を損ねることなく、ハリウッド風に、ファンタジー的に採り入れようとしていて、面白くも興味深い仕上がりだ。
そうして巧みに日本文化を変換した独自の世界で繰り広げられる物語は、想像以上に原典のエッセンスを留めている。大石らが示す主君への忠誠と同時に、他の家臣や家族に対する配慮、といった繊細な心情の描き方もそうだし、単なる自害ではない、武士としての名誉に繋がる“切腹”というものの位置づけも――現実の“切腹”は必ずしもそれほど綺麗に、厳格に行われていたものではないにしても――かなり理想的な用い方をしている。討ち入りの際の方策にも原典の趣向がうまく応用されていた。
正直なところ、中弛みしている感はあるし、本篇のオリジナルである中盤の罠の仕掛け方がかなり雑であったり、用意する武器の特殊な出自もあまり活かされていない、など不満も多い。ただそれは、『忠臣蔵』を恣意的に改竄しているが故の不満、というよりは、膨らませ、或いは設定を変えたからこそ必要となった箇所に生じた齟齬であり、意欲の正しい顕れ、と捉えられる。だから、手放しでは賞賛できないものの、非常に好感が持てるのだ。
前述した通り、発表当初や公開が延期になっていた時点での反応は冷ややかなものだったし、いまでも侮っているひとは多いだろう。だが、思い込みで観ずに過ごすには勿体ない。日本の文化や『忠臣蔵』という日本で親しまれている物語にきちんと敬意を表した上で、快く受け止められるよう心を配って仕上げられた作品である。思い込みのみで批判するのはせめてやめたほうがいい――どんな作品でも同じではあるのだが。
ちなみにこの作品、字幕を『天地明察』などで知られる小説家・冲方丁が監修している。翻訳と字幕の執筆そのものはお馴染み戸田奈津子だが、さすがに歴史ものを手懸ける作家が手を入れているだけあって、英語ではわりとざっくりと語られているものが、上手い具合に意訳され、より日本人に親しみやすく、歴史を実感できる言葉に変換されている。作中の文字は紛う方無き日本語なので、より違和感を減らしたい、と思うなら吹替版で観るのが最適では、という気もするが、字数制限や言葉の壁による制約で生じる不自然さがなく、丹念に整えられた字幕版を敢えて選ぶのも一興だろう。
関連作品:
『シャンハイ』
『たそがれ清兵衛』
『バトルシップ』
『容疑者Xの献身』
『ラスト・サムライ』
『最後の忠臣蔵』
『終戦のエンペラー』
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